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〜2003年3月3日のJCO刑事裁判・判決の前に〜

JCO弁護団、ついに臨界事故原因を暴露
動燃が臨界管理逸脱の契約を強要!
2003.1.12
望月 彰(JCO事故調査市民の会)

 マスコミはおそらく気がついてはいるが、報道しないのであろう。3年前の東海村臨界事故の原因と責任に係わる決定的な事実が、昨年10月21日の水戸地裁の刑事裁判最終弁論において、JCO弁護団によって暴露されている。今年3月3日には判決の予定であるから、できるだけ多くの方々に事実を知っておいてもらいたい。
  
(1)動燃が1ロット約7バッチを強要!

 最終弁論第3章二節の5において明らかにされたのは、次の事実である。

 硝酸ウラニル溶液の最初の契約(1986年)にあたって、JCOは臨界管理上、溶液1バッチを1ロットとするよう主張したが、動燃が分析と輸送の期間を短縮するため1ロットの増量を要求した。この結果、「ロットは化学的性質及びウラン濃縮度が均一である製品の納入単位である。ロットサイズは1回の輸送量(約40リットル)とする」という契約となった。(ここでロットとは品質管理上のナンバリングのこと。バッチとは連続生産に対応する用語で、1回毎生産、またはその生産量)

 求められていた濃度370gU/リットルの硝酸ウラニルの40リットルのウランは14.8kgであるから、6.2バッチ(弁護団は切り上げて約7バッチと表現)に相当するので、6.2バッチずつ化学的性質及び濃縮度を均一とする作業を要求したことになる。これは臨界管理の1バッチ縛り違反にほかならない。均一化工程はクロスブレンディングであろうと改造貯塔や沈殿槽であろうと6.2バッチを同時処理するものだからである。
 取り扱っていたのは高速炉常陽の燃料であった。これはウランの中に占めるウラン235の割合が18.8%であって、臨界管理上2.4kg以上を1箇所に集めてはならないものであった。これを1バッチ縛りと通称し、原子炉等規制法に基づく許可条件の基本としていたものである。実際、水戸地検はJCOが一貫してこの1バッチ縛りに違反する操業を続けたとして、起訴したのであった。

 これに対してJCO弁護団は、3年間伏せておいた契約の経緯を暴露した。6.2バッチずつ生産せざるを得ない動燃の契約条件は無罪で、1バッチ縛りを実施しなかったJCOが有罪だというのであれば、法のもとの平等はどうなるのかというわけであろう。
 周知のごとく、臨界事故はJCOの転換試験棟にあるウラン精製施設で発生した。この施設の沈殿槽に約7バッチのウランを硝酸溶液のかたちで投入して臨界になった。何故このような作業をしたのか、その技術上の動機が今や明らかになった。事故の直接の原因は契約条件そのものであった。このことを3年間隠していたことは、原子力基本法の「公開」の精神を踏みにじるものである。

(2)最終報告書の偽証!

 事故の年(1999年)の12月24日に出された原子力安全委員会の最終報告書は「沈殿槽使用の目的はウラン濃度の均一化」であったとしていた。ところが最終弁論は、1ロット40リットルの契約の中味を暴露した。濃度は(350プラス・マイナス30)gU/リットルである。ということは1リットル中60gの許容範囲がある。これでは均一ではなく、大雑把である。一方、19種類(9次常陽は15種類)の不純物について、ppmレベル以下という契約であった。

 JCO臨界事故調査市民の会代表の槌田敦氏は、昨年9月22日、鈴木秀行裁判長宛の書簡を送った。このなかで彼は、濃度均一を求めるだけであるならば、混合の必要はないという技術上の指摘をした。この書簡は地検と弁護団にも写しを送ったので、弁護団が「反論」のかたちで、真実を暴露してしまったのである。均一にしたかったのは、ウラン濃度ではなく、不純物だったわけである。よって事故発生の最終報告書のシナリオは真っ赤なウソだったことになる。最終報告書がこの不純物問題を隠したのには、理由がある。
 硝酸ウラニル溶液製造の許認可は1984年であった。そもそもは濃縮度12%の粉末ウランの許可条件を濃縮度20%に変更する許認可のはずが、どさくさ紛れに「溶液」もワクドリで許可したのである(越島証言)。たとえどさくさであろうと、正しいものづくりであれば、問題なかったのであるが、溶液を精製施設で作るという許可だったので、最悪の結果となった。というのは、精製施設とは不純物の精製なのであって、せっかく精製したウランをまた精製施設に戻すと、不純物混入が避けられないのであった。正気の沙汰ではない。「顧問の先生方」や原子力安全委員の無知と無責任を絵に描いたような許認可業務だった。このことだバレないようにするには、隠してしまうのが、手っ取り早い方法である。

(3)騙し騙しのものづくりが事故を呼ぶ。

 JCOは「1ロット40リットルは無理」だと、もともと判っていた。無理なら「契約しなければ良かった」と嶋内前所長は証言している。しかし、生産中止ほど恐ろしいものはないという日本病は重傷で、とにかく契約し、騙し騙し作ってしまえというのが管理職も末端の作業者も共通の心理というのが原子力業界である。第1回目は許可条件通り溶解塔で溶解したが、溶解塔洗浄に3日もかかるので、2回目からはバケツに換えた。バケツ(ステンレス容器)溶解ならば1バッチ、1ロットであって臨界安全管理は完全で、不純物も入らないのだから、これで最後まで実施すればよかったのであるが、1ロット40リットルのための混合均一化のために、危険を侵すことになった。混合均一化の始めの方法はクロスブレンディングであった。中腰で60回、70回と行ったり来たりせねばならず「きつかった」(長谷証言)。ヒューマンエラーによる臨界の危険があるので、改造貯塔による混合均一化に変えたのは、当然と言えよう。ところが、貯塔を使うとまた不純物が入った。貯塔の上下を配管でつないで、溶液を循環させても、不純物は数珠繋ぎにまわっているだけで、ppmレベルの均一化はできなかったであろう。だから攪拌機のついた沈殿槽に移ったのである。
 契約のときから騙し騙しで始まったものづくりは、自分たちで自分たちを騙すことになって、大きな代償を払うことになった。

(4)官僚・トップエリートのモラルハザード

 原子力安全委員会の事故調査委員会(吉川弘之委員長)は「事故の直接の原因は作業者の逸脱行為であるが、これを責めるだけでは何も解決しない」として103箇条もの対策と提言を行った。おお!それなのに、103箇条のなかには「隠さない」と「欺かない」は含まれていなかった。作業者の逸脱行為とは1バッチ縛り違反のことであるが、動燃が1バッチ縛り逸脱の契約を強要したことは情報開示しなかった。逸脱していたのは動燃だったのだから、「動燃を責めるだけでは解決しない」と言ってもらいたいものだ。

 事故時点の有馬科技庁長官は「バケツでウランを取り扱うとは、日本の作業者のなんたるモラルハザードか」と怒って見せた。この物理学者はバケツが事実上の臨界形状管理であったことを気が付きもせず、自分たちの責任を末端の作業者に転化したのである。  

 マスコミは10.21最終弁論の報道にあたって「1984年の安全審査は動燃から科技庁に出向した吉田守氏が審査官を務めた」ので「緊張感の欠如」であると述べた。この評価は正しくない。製品もプラントも動燃のためのものであって、これを動燃が審査するというのは、自分で自分を審査したのである。100%八百長であった。
 こうして事故が起きたら、「官」は「公」であることを止め、「民」に責任を転嫁した。この国では上司の責任は部下にとらせる。横川副長は、隣のラインの竹村主任の承認のもと沈殿槽を使用したが、これは「班員」の提案に応じたものであり、横川、竹村両名はともに上司の許可なしに実施に至ったとされ、この二人が真犯人であるかのごとき起訴状であった。二人はともに「臨界については誰も教えてくれなかったが、自ら勉強して、事故を防止すべきだった」と謝罪した。しかしながら竹村主任は主任という肩書きにもかかわらず、部下はいない。末端の品質管理の担当者であって、生産管理の責任を問われる筋合いは全くない。二人とも事故直後、自分の所為で事故になったという認識は全くなく、4,5日たって「気が付いた」とされ、そのとき竹村主任は自殺願望を持ったと法廷で弁護士が報告している。これらの顛末は、当事者の「自白」以外になにも裏付けるものはない。「班員」なる第三者はついに法廷にでることはなかった。裁判官も検事も弁護士も被告人も、彼の名前を問うことはなかった

 昨年8月、日ハム牛肉偽装事件が表面化したとき、子会社の出先の部長は「本社は関係ありません。全て自分の責任でやりました。」と記者会見した。藩の一大事とあらば、命がけで「ウソをついたり、つかされたりする」のがこの国の文化であって、JCOだけが例外だと言い切れるであろうか。
 臨界事故当時、経団連の倫理委員会をとりしきっていた東電は「JCOのようなデタラメが、原発部門にもあると思われては困る」と大見得をきっていたのである。 
 こういう原子力業界の実状を直視すれば、チェルノブイリ級の事故がいずれ起きると予想すべきである。この場合、臨界事故で作ったオフサイトセンターなどは、なんの役にも立たないことを警告して、この報告を終わることにする。


「JCO刑事裁判・判決の後に」(2003年3月12日、望月彰)へ


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