2002年5月13日・JCO第18回公判(最終被告人質問)
科技庁の安全審査はJCOに利権の「ワクドリ」をさせることだった
権威主義の病膏肓に入り、臨界事故となる!
5.13越島証言から見えてきたこと
2002年6月7日
望月 彰
(元日鉄溶接工業労組安全対策小委員長、JCO事故調査市民の会)
5月13日、水戸地裁で開かれたJCO第18回公判は、事故当時の東海事業所長だった越島被告の被告人質問であった。彼は、「他に重要な仕事があったので、転換試験棟のことには、あまり係わってはいられなかった」と、終始、言い訳に務めたが、弁護士の最後の質間には、正直に答えた。弁護士は「臨界事故の真の原因は、何だったと思いますか」と尋ねた。越島氏は「粉末製造のプラントで、溶液を作ったことだ」と明言したのである。さらに「1984年の許可のありかた。許認可違反の放置。臨界管理教育がなかったこと」などをあけたが、特に注目されるのが、84年のことである。
1980年から濃縮度12%ウランの取扱許可条件でスタートしていた転換試験棟は、83年11月から84年6月にかけて、許可条件を全面的に改訂したのである。濃縮度は20%〜50%。さらに粉末だけでなく、硝酸ウラニル溶液製造も申請し、許可された。越島氏はこのとき技術課長で、担当者のひとりだった。
彼の証言によれば、濃縮度50%ウランの具体的注文が予定されているわけではなかったが、「ワクドリとして確保」するように、吉田守氏(動燃から科技庁に出向して審査官を務めた人物)に示唆され、許可申請した。全行程一バッチ縛りは、濃縮度50%もパスさせるための許可条件だったのである。(一バッチ:一回生産量のこと。濃縮度20%ウランなら2.4kg、濃縮度50%ウランなら0.78kg)今ひとつのワクドリは「硝酸ウラニル溶液製造」であった。彼によれば「不純物の溶解レベル・濃度」などが決まっていたわけではなく、抽象的許可内容であった。このとき「均一化」は間題になっていなかったので、均一化工程に関するクロスブレンディングなどの具体的記載はなかった。
この2つの「ワクドリ」は1984年6月無事許可された。
さて以上の証言の持つ意味は重大である。水戸地検の冒頭陳述や原子力安全委員会の事故調査委員会の「最終報告書」の根幹となるシナリオが根底から覆されている。公判廷で証言された吉田守証人他の証言も覆されている。そして、臨界事故がなぜ起きたのかを推測するための、決定的条件を示しているものだといっていい。
最終報告書も冒頭陳述も、転換試験棟の8酸化3ウランの精製装置について、溶解塔―抽出塔・逆抽出塔―貯塔は臨界形状管理されていて、沈殿槽のみが形状管理されていなかったと説明し、この沈殿槽に「作業者が許可なく7バッチ分のウランを投入して、事故となった」というシナリオであった。冒陳はこれに加えて、許可条件である「全行程―バッチ縛りに違反している」ことを最も重要な違法行為として指摘している。そして、JCO側は「全行程一バッチ縛りは不可能」と主張して、情状酌量を願い出ているのである。
JCOに言われなくても、全行程一バッチ縛りが不可能なことは、部外者にも容易に理解できる。何故、絶対不可能な全行程一バッチ縛りを許可条件にしたのか?最大の謎のひとつだったのであるが、今やこの謎は解けたと言えよう。ここでまず確認されるべきは、溶解塔―抽出塔・逆抽出塔―貯塔の臨界形状管理とは直径17センチのことであって、濃縮度20%ウランに対応しているだけである。濃縮度50%であれば、円筒の直径は16センチ以下でなければ形状管理を意味しない。よって濃縮度50%であれば、溶解塔も抽出塔・逆抽出塔も貯塔も質量制限しなければならない。即ち、それぞれ一バッチ縛りである。したがって、全行程一バッチ縛りとなったのである。
実際の物づくりはいざしらず、許認可のたてまえとしては、全行程一バッチ縛りにした理由が、かくしてようやく得られたことになる。
ここで思い出されるのが、昨年10月15日の第7回公判の、吉田守氏の証言である。彼は、「沈殿槽のみ質量制限、濃度制限の臨界管理をすれば良いと思っていたところ、顧問の先生に、作業者が間違った場合臨界になる可能性があるといわれ、JCOに改善策を出すよう要請するも、対案が出てこなくて、腹が立った。そこで、全行程一バッチ縛りを内示して、許可した。」と証言したのだが、結構なサル芝居であった。50%濃縮度のワクドリのためとは、さすがに言いにくく、「作業者が間違った場合」の話を持ち出したのだが、二重の嘘をつくことになってしまった。というのは、作業者が間違っても臨界にならないのは、全工程形状管理しかないのである。作業者が間違うというのは、一バッチ縛りをしないという「間違い」を含んでいるのであって、実際、今回臨界事故となったのである。
| (2)核燃サイクル機構も科技庁も、全てを知りうる立場にあった。 |
[↑目次へ] |
越島氏は、「沈殿槽が形状管理されていなかったのは、客スジの要求」であった、と証言している。転換試験棟のプラントは、高速増殖炉「常陽」の試験棟として、命名されたとも証言した。そして、あらためて指摘するまでもないのだが、許認可の審査官は、動燃から出向した吉田守氏であった。自分の使うプラントを、自分で審査したのであった。よって、動燃と科技庁は一体であり、転換試暎棟のことは、知らないことはなかったわけである。JCOも裁判になったからこそ、「一バッチ縛りは無理」と発言しているが、84年当時から解っていて黙っていたのだから、一蓮托生というものである。
「ものづくり」は正直なもので、科学や技術に逆らって成功することは、絶対にない。法律上のたてまえがいくら正しくても、「罪を裁けて」も「ものづくり」はできない。
転換試験棟の一連のプラントは、不純物を含む8酸化3ウランの精製のプラントであった。溶解塔で硝酸に溶かし、溶けない不純物を抽出塔・逆抽出塔で除去し、溶けている不純物とウランを沈殿槽でアンモニアによって中和して、硝酸ウラニルを重ウラン酸アンモニュウムとして沈殿させ、分離すると精製される。不純物は、塔や槽に残れば残るほど、目的に適っているわけである。このプラントを硝酸ウラニル溶液作製に使うと、せっかく精製した8酸化3ウランを、再び不純物の中に、戻すことになる。11月19日に証言したN氏(弁護士匿名希望・転換試験棟の横川副長の前任者)は、 「溶解塔の洗浄に3日を要した。溶解塔に3バッチいれると、抽出塔・逆抽出塔で、ようやく1バッチできた。」
と証言し、バケツ溶解を擁護した。
かくして全行程一バッチ縛りは、不可能なのである。法律上「正しくても」ものづくりはできない。科学技術上不可能なことを「実行しなかった―一バッチ縛り違反―」として裁判官も有罪とするであろうか。なにやらガリレオ裁判を連想させるものがある。
「何故、全行程一バッチ縛りにしたのか」という疑間に加えて、今ひとつの大きな「謎」があった。それは、何故、均一化のために「混合」したのか、いう疑問である。
これを考えるため、これまで指摘してきたことであるが、混合均一化は不可能であるという私の仮説を再確認しておきたい。
核燃サイクル機構の注文仕様は、40リットルを1ロットとして、4リットル容器10ヶ分に分配し、この10ヶの濃度のばらつきがないように(均一化)というものであった。
はじめはクロスブレデイングによって、混合均一化を試みたがダメだった。N氏によれば、500ミリリットルメスシリンダーで100ミリリットルずつ分配したのだが、床に敷いたビニールシートにこぼれる一滴、二滴を制御できず、均一化できなかった。そこで裏マニュアルの貯塔改造による混合均一化をめざしたが、これについては相反する二つの見解が出されている。最終報告書も、JCOの中曽根長官あて報告書も「混合撹拌に200分を要し、取り出し口も床から10センチの位置で、不具合があり、効率が悪かった」としているが、N氏は「効率も品質も良かった」と証言している。
裏マニュアルの方法は、貯塔の上下を配管で繋ぎ、窒素を吹き込んで、液を循環させるといものである。貯塔の内径は17センチ(高さ3.5メートル)であり、あらたに仮設した配管もそれより、太くはないであろうから、撹拌にはむいていない。混合均一化できなかったので、沈殿槽を使ったと推定するのが、自然の推理である。本当に効率も品質も良かったのかどうか、再現実験するのは、水戸地裁の最低限の義務である。が、昨年9月3日の現場検証は、報道によれば13時半より、15時で終了しているので、プラントを見ただけで終わったのであろう。
さて「何故、混合したのか」という疑間であるが、「混合する必要はなかった」という仮説が、成立していることに注意を喚起したいのである。
核燃サイクル機構の注文仕様は、濃度のばらつきの範囲を、慎重に非公開としている。が、製品溶解パラメーターシートには「U2.4kg、硝酸1.7リットル、純水4.8リットル、全量6.5リットル(370g−U/リットル)」(フリー硝酸0.5N以下)とあるので、全量が4リットルとなるように、比例配分しなおせば「U1477g、硝酸1046ミリリットル、純水2954ミリリットル」である。これらを正確に計量することは可能であって、これをSUSバケツに溶解するのは、裏マニュアルどうりに実施し(注)、別の容器を移し替えることなく、そのまま、納品すれば良かったのである。このさい「バケツ」の形状を「いわゆるミルク缶」と同じ形状に作り替え、半径40センチの鍔を付けておけば、臨界安全管理も完壁で、これを10ヶ作れば、1ロット完成である。歩留まりも100%間違いなし。
(注)8酸化3ウランの純度に間題がなければ、サンプリング確認の必要もないが、あえて分析するのであれば、その分増量しておく。もしウランが少なければ、必要量加えればよい。また、多すぎるのであれぱ、精製プラントに戻して、やりなおせばよい。また、加熱処理のためのヒーターとNOx対策のダンパーがあれば、作業性は良好であろう。また、計量器の精度を超えた注文仕様があったとは、考えにくい。
なぜこのように考えられるかと言えば、9月21日に証言した嶋内久明前所長は「核燃サイクル機構の均一化注文は、コスト上の理由であった。」と証言しているからである。「今から思えば、核燃サイクル機構にひとつずつ、濃度計量してもらえば良かった。混合均一化をJCOで実施するような注文は断れば良かった」とも証言した。
硝設プルトニュウムはサイクル機構が用意する。これとブレンドする硝酸ウラニルが、転換試験棟のプラントでなければ出来ない品質として何か特別なことがあったとは、考えられないのである。それどころか、粉末製造のプラントを流用すると、せっかく精製したウランにまた不純物が混入してしまうのであった。そして越島所長の証言も「事故の原因は粉末製造のプラントで、溶液を製造したことだ」と明言したのであった。本人がどの程度の理解に基づいてかく証言したかは解らないが、粉末製造のプラントは使わず、上記の如き方法によれば、濃度均一な4リットルの硝酸ウラニルを10ヶ作ることは、全く可能であろう。
それにもかかわらずなぜ「混合」したのか。その答えは、84年の許認可そのものにあった考えれば、納得できる。人はできれば「違法行為」はしたくない。粉末製造プラントで溶液をつくることが、国によって許可されているのであって、お上に逆らうがごとき面倒は避けたいのである。この心理は、わたしも25年務めた「国策会社の下請け」にいて大いに思い当たる節がある。ものづくりは2の次で、「1に面子、2に秘密、3、4がなくて5に効率」の世界である。管理職の基本方針が間違っていても、部下は本人が定年退職するまで「できません。間違っています」とは言わないようにしている。腐りきっているのである。
「ワクドリ」で溶液製造の許可をとったということは、「利権」の獲得ではあったが、ものづくりの技術とは何の関係もないのである。しかしながら、動燃も科技庁もJCOも「ワクドリ」が建前に転化して、出来る技術であると「軽信」し、自分の作った「作り話」の慮になってしまった。実際にやってみると全く出来なかったので、まず工程の入り口になる「溶解」から、現実的に可能な「バケツ」に転換したのだが、「均一化」要求がクロスブレンディングでは出来ないことが解って、もう一度「精製プラントで溶液をつくるという許可条件」を思い出してしまった。まず貯塔を無届けで改造してみたが、はかばかしくなく、沈殿槽にたどり着いてしまったのであろう。
転換試験棟の精製プラントの各工程をながれるのは、たしかに硝酸ウラニルではある。だがこの硝酸ウラニルは、不純物が溶解していることを予定しているところに意味がある。不純物もウランも溶解している状態にして、アンモニアでウランのみ析出させるのが、精製である。純粋の硝酸ウラニルを求めるのは、本末転倒であった。この間違いをした動燃・科技庁・JCOの「ワクドリ」連携プレーこそ、臨界事故の原因であった。
にもかかわらず、権カの立場にあるものたちは、事故発生と同時に、責任を作業者に転化するキャンペーンをはった。
有馬長官は「バケツでウランを取り扱うとは、日本の作業者のなんたるモラルハザードか」と「怒って」見せた。原子力安全委員会の最終報告書は、「作業者が上司の承認をうることなく、沈殿槽を使用して、事故となった」と説明し、水戸地検の冒頭陳述は「班員(大内さんか、篠原さん)が沈殿槽使用を発意し、横川副長がこれを受けて竹村主任に承認を求めたところ、竹村主任は、臨界は起きないと軽信し、許可したので」事故になったと説明している。
沈殿槽使用を「発意」した人物は、本来なら真っ先に法廷に出て、証言するはずである。しかしながら検事も裁判官も弁護士も、かつ被告さえ、彼が誰であるか、固有名詞を言わずに「班員」で押し通してしまった。また、横川―竹村関係は、上司と部下ではないのだから、仕事上の指示や許諾が発生することは、あり得ない。「相談」はあるかもしれないが、命令や許可はない。また、もし何か言われたとしても、真に受ける方が馬鹿げている。有馬氏にいたっては、バケツこそが、安全で歩留まり100%の「唯一の正しい作業」だったことに、真っ向から挑戦している。
要するに、権力の立場にある者が、自分の責任を見事に末端の作業者・担当者に転化して、ふんぞり返っている。日本の企業杜会は、成功すれば上司の手柄、失敗したら担当者のドジ、というのが相場であって、村上村長ではないけれど「関東軍」と同じことだ。これこそ究極のモラルハザードというべきであろう。
水戸地検は、業務上過失致死、原子炉等規制法、労働安全衛生法の違反の名においてJCOの6人を起訴した。このうち労働安全衛生法に係わる違法行為は、安全教育をしなかったのだから、正当な指摘といえよう。しかしながら、前二者は、前提となるシナリオが崩れてしまった。原子炉等規制法にかかわる許可条件に違反して、臨界事故となり、過失致死に至ったというのであるが、この許可条件とは、84年の許可条件のことであり、二重に間違っている、ものづくり不可能な、許可条件であった。「ワクドリ」とは利権のことであって、これをものづくりの技術と強弁して有罪にすると、白を黒といいくるめる「模範的」裁判となるであろう。
そうして、原子力業界の腐敗体質は温存され、次は巨大災害に至る。目本でチェルノブイリのような災害となれば、文明がひとつ終焉に向かうことになる。もしくは、集団自殺状態におかれているようなものである。水戸地裁は、このような破滅への道の、ガイドを務めることになろう。
以上、事故以来、わたしは作業者責任論批判をしてきたが、作業者には全く責任がなかったといいたいのではない。むしろ、1割、2割の責任はあるという考えである。管理職や官僚が無責任だから、労働者も無責任でいいかというと、そういうわけにはいかないであろう。原子力の世界は、小さな事故が大事故につながる。ひとつ間違えば何百万の人々の命にかかわる。労働者なら間違っても良いとは言えないのである。
これは、労働者は兵器を作って良いか、という間題と、共通したテーマである。労働者であろうと経営者であろうと、人殺しの「ものづくり」をして良いわけがない。さからえば首になる時代ではあるが、人殺しに荷担してまで、生きている価値も理由もない。
11月19目の公判で、検事がN証人に、詰問した。「あなたは、溶解塔での溶解は不可能だと証言したが、在籍中、上司にそのことを進言しましたか?」N証人の答えは、急に声が小さくなって、イエスかノーか聞き取れなくなった。検事の質問も、居丈高というものではあるが、自分の仕事に誇りと自信がもてないというのは、自ら人間の専厳を捨て去っていることであると、知るべきだと思う。
本稿は「社会評論」2002年春号及び「技術と人間」2002年4月号の続編です。参照していただければ、幸いです。