このパンフレットは、劣化ウラン研究会が発行したニュースレター第O号から第3号を合本したものです。
1999年に発足した劣化ウラン研究会は、核のゴミ劣化ウランが「劣化ウラン弾」や「劣化ウラン装甲」あるいはミサイルや爆弾の部品などとして戦争に使われ、環境や人体を汚染し、人々を傷つけている現状を知った人々により、その廃絶を目指すために作られました。
劣化ウランは紛れもない放射性物質であり、日本の原子カ規制法規でも環境中に放出することは明確に違法とされ、厳重な管理と安全対策カミ義務づけられています。それは諸外国の原子力規制法規でも同様であり、地球上で劣化ウランをぱらまくことが許される地域など存在しません。ところが湾岸戦争(1991年)ユーゴスラピアの紛争(1995、1999年)で大量に使われた劣化ウランが人々を傷つけ、環境を汚染していることが明らかになってきました。
さらに、軍事演習においても沖縄県鳥島、韓国の梅香里、プエルトリコのピエケス島でも使われたことが確認されています。
米国内では環境中に放出されないよう、エアードーム内の訓練エリアでなければ実射演習は認められていないのに、日本、韓国、プエルトリコではオープンスペースで実射演習を行ったことで、それぞれの地域では基地存続が問われる大きな社会問題となりました。
劣化ウランは原子力規制法規上では、環境や人体への汚染を防止するために規制がかけられているのに、軍事行動では劣化ウラン弾として住民の住む地域であろうと、農業地域であろうと、お構いなくばらまかれています。使用された劣化ウラン弾はその7割が塵状になって広く拡散すると言われています。回収することさえ出来ません。また、不発弾として転がっているものでさえ、劣化ウラン弾を使った側は回収さえしません。
住民はずっと劣化ウランの放射線や劣化ウラン独自の化学毒性に晒され続けるのです。
1985年8月12日に日本航空123便が群馬県御巣応山に墜落しました。この墜落機の部品に劣化ウランが使われていたことがわかりました。その後の航空機事故でも、劣化ウランを使ったものが事故を起こした際は問題となってきました。
民間利用の劣化ウラン問題も大きく存在することが、近年分かってきました。
理由の一つとしては、ウラン濃縮の過程で発生する大量の劣化ウランをもてあました結果、使い道を探すため、様々な産業において利用されてきたものの、その放射性物質としての扱いにくさから、廃棄する際に適正な処理がされていないことがあげられます。
実際に米国で、航空機の部品として使われた劣化ウランを取り外さないままスクラップとして払い下げ、リサイクル金属に劣化ウランがとけ込み、全体が放射性物質に汚染されるという事態が発生しました。その他にも、一体どこにどれだけ劣化ウランが使われているかを調べることさえ、困難です。
ニュースレター本編に、これらの実態を報告する文書がいくつも掲載されています。
劣化ウラン研究会として、劣化ウランのことを広く知ってもらうために、これまでのニュースレターを一冊にまとめましたが、この他にも講演会や学習会を開き、イラクで起きている、特に子どもたちへの被害の実態と犠牲の大きさを報告したり、コソボでの汚染実態について学んだりと、パンフレツトには盛り込みきれない取り組みを行ってきました。
このパンフレットを手にされた方は、ぜひ劣化ウラン研究会に参加をしたり、あるいは活動に関心を持っていただければと願っております。
おりしもアフガニスタンに対して、米国が戦争を始めました。湾岸戦争ではイラクの戦章部隊などに一方的大勝利を納めた米軍は、その後のユーゴ紛争でも盛んに劣化ウラン弾を使いました。今回も「絶大な威力を持つ」劣化ウラン弾を使っているでしょう。
戦争そのものに対しても反対の声を強くあげなけれぱなりませんが、このような非人道的兵器を使った戦争の悲惨さをも強く訴えていくことで、劣化ウラン弾、つまり「核を使った兵器」を、核兵器やナパーム弾やクラスター爆弾や対人地雷などと同様に、廃絶させるために取り組んでいきます。
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