第71回いろりばた会議録(2002年12月12日開催)
イラク攻撃反対・核兵器を使うな!

山崎 久隆さん
(たんぽぽ舎、劣化ウラン研究会代表、市民運動ボランティアネット@nifty)

文責:いろりばた会議事務局
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1.戦争になれば何が起こりうるのか…劣化ウランの被害
2.アメリカの姿勢・アフガニスタンで劣化ウラン兵器は使われたのか?

3.9月11日事件後の世界の流れ

4.なぜ今イラクなのか・「軍事合理性」というもの

〈目次〉

なぜ今イラクなのか〜イラク・イラン・アフガニスタン

アフガニスタンの市民の犠牲者

軍事合理性というもの

1991年と現在のアメリカ軍の違い

5.イラク攻撃を止めるためには



いろりばたマーク

なぜ今イラクなのか〜イラク・イラン・アフガニスタン  [↑目次へ

 その何でもあり状況にしてしまったポイントは、ようするにこのカスピ海沿岸というのは、湾岸に次ぐ原油や天然ガスの宝庫である、と。元々は内海だから外に運び出すのは大変。したがってこのエリアから採掘される油田や何かは船で運べないのでみんなパイプラインで引っ張るしかないが、パイプラインの上がみんな戦場。そういう有様だから、このカスピ海の資源開発をやるとすれば周り中の紛争を全部力で押さえ込むしかない、とアメリカは考えたわけだ。

 したがってチェチェン問題にしてもアゼルバイジャンにしてもクルド人問題にしても「全部力で押さえ込むのはOK」と。そうするとここにあるイラクの存在というのが邪魔になる。
 イランもイラクもどうやら「悪の枢軸」らしいが、このアフガニスタンは今は潰した。アフガニスタンがもしタリバン政権のままでいたら「悪の枢軸」が3ヶ国じゃなくて4ヶ国ということになったんだろうが、ここは9・11事件があって「アルカイダが悪い。同盟しているタリバンはテロリストだ」ということで軍事力で潰してしまった。

 そうすると次に隣のイラン、と。ここを潰していけばもうこのカスピ海沿岸の南半分の、ようするにロシア以南の部分についてはアメリカの意のままというか、国益にかなう構造になるだろうというのがアメリカの立場。

 例えば典型的な問題で「イラクは人権上大変なことをやっている。クルド人を弾圧をして毒ガス兵器で殺した。とんでもない国だ」ということで「イラクを制裁するんだ」と言って、北部地域を飛行禁止地域にしてそこに爆弾を落としているが、爆弾を落とされた先に住んでいるのはクルド人だ。犠牲になっているのはクルド人。何をやっているのかということになるが、さらにトルコ。
 ここにはクルド人民党というのがあって、そこの党首がこの前逮捕された。クルド分離・独立運動はべつにイラクだけでやっているわけではなくて、元々はクルド人というのはこのエリア一帯に住んでいる人たちだから、当然「クルド問題」となるとトルコもイラクもイランもみんな絡んでくる。それが「イラクでやってるクルド人弾圧は悪」で「トルコがやっているクルド人弾圧はOK」という滅茶苦茶な構造になっている。
 それであまりに整合性が付かなくなってきたので、トルコに対して「クルド問題もうちょっとお手柔らかに何とかしてくれ」という話をしに行っている。トルコの方はトルコの方で、アメリカ軍がイラク攻撃をするにはどうしてもトルコの軍事基地を使わなきゃいけない。したがって「軍事基地を提供してやる代わりに、アメリカの人権団体がトルコのクルド問題を言うのを抑えこんでくれ」と、そういう取り引きをやっているレベルだ。

 だからクルド人問題とか、もっと南の方へ行くとバスラ周辺はイランのイスラム教シーア派の住民が住んでいる。この人たちというのは、イランと戦争していたイラクの中央政府から見ればから、イランの原理主義革命を引き起こす元凶になりうるということで弾圧されていた。
 その南部地域一帯も飛行禁止区域にして、それは「イランのシーア派の人たちが弾圧されているからだ」などという言い方をするわけだが、じつはシーア派の人たちはイランの政権と近しい関係にある。で、イランに対しては「悪の枢軸」になっちゃう。そういうふうに、言ってることとやってることがいかにご都合主義かというのがよく分かるのがアメリカのやり方。

 だからイラクを攻撃する大義名分はもう最近ではとうとう「大量破壊兵器」しかなくなって、「大量破壊兵器を持っていれば攻撃するぞ」みたいなことを言い始めている。
 今日の新聞ですごい話が出てきたのは「イラクがVXガスをアルカイダに渡した」という話。もうここまで来たら何でもありで、本当か嘘かはどうでもいい状態になっている。「証拠をつかんだ」と言ったって、別に私たちにその証拠を見せるわけでもない。
 「アルカイダが9・11のテロ犯人だ」と言った時に、アメリカが出してきた証拠というのがじつは何もなかった。で、あまりにも証拠が無くてイギリスでは戦争をやるのにもたなくなった。イギリスはしょうがないからというのでアメリカからもらった証拠を議会に提出したら、何のことはない、その辺の小説家が書いたような「小説」でしかなかった。裏付けは何もなくて、「オサマ・ビンラディンはあんなこともやった、こんなこともやった」と次々と書いてあって、それは「007」の小説なら面白いかもしれないが、誰かを殺そうという時の証拠にはならない。
 そういうレベルのものを出しておいて、アフガニスタンのアルカイダを攻撃するんだといってやった事が何かというと、アルカイダの犠牲がどのくらいになったのかというのは、じつはアメリカすら言わない。これは数万人規模で虐殺しているので言えない。


アフガニスタンの市民の犠牲者  [↑目次へ

 これがアフガニスタンの地図。この黒マルは何かというと、市民の犠牲の数。軍事勢力の構成員かどうかという細かいことは分からないが、少なくても誤爆として殺された市民の数。一番大きいマルで200〜300人。一番小さいマルで20人までの分布図。

 こうやって見ていくと、南がカンダハル、カブール、クンドゥース、マザリシャリフとかそういう主要都市、それから中心部分に近い山岳地帯、こういうところで大勢の人が殺されている。とりわけパキスタン側に向かうエリアで大勢の犠牲が出ている。ここを集中的に攻撃をした。ここにあるのはジャララバード。このパキスタン回廊が集中攻撃を受けたのと、もう一つはカンダハール周辺が集中攻撃を受けて民間犠牲が大量に出ているということがこれで分かる。

 で、この図の元になったのがこのデータ。
 これは民間犠牲者の累積。最高点が4000人のエリアだが、これは爆撃が始まった10月8日から12月までのもの。したがって、まだこの後がある。今でも人が死んでいて、結婚式場を誤爆したとかで100人近くを殺したというのはこの後の話。したがって、ずーっと犠牲が増えていって、12月の段階でもう4000人近い数が死亡している。
 これはアメリカが公表したものでもなければ、タリバンが言ったわけでも北部同盟が言ったものでもなく、誰が言ったのかというと、アメリカの大学の研究者が新聞報道(現地でもパキスタンでもアメリカでも当然報道されている)を丹念に付け合わせていって、何人死亡というデータを細かく拾っていった作業によるもの。
 こうやって積み上げたのは報道に現れるものだから、人知れず殺された人間なんていうのはここには出てこない。報道に現れただけでもすでに2001年段階で3700人。

 ちなみに、これは比較していい数字ではないが、仮に言うならば、ニューヨーク・ワシントンで殺されたアメリカや色んな国の人たちは3000人。そのエリアを越えてしまう。だからニューヨークテロを「悪い」と言うならば(当然悪いけれども)、「それで3000人もの犠牲を出した」と言うんだったら、「アフガニスタンではそれを越える犠牲を出している」「アメリカもアルカイダも同罪だ」ということを言わないといけないという、そういうグラフだ。
 で、このグラフは右肩上がりで増えていると。

 さらに言うと、これがイラク第一次湾岸戦争の時に、このグラフは桁が違っていた。
 この民間犠牲者の最高点が「100000人」だった。つまりクウェートにイラクが侵攻して「侵略戦争を制裁するんだ」といってイラクを徹底的に爆撃して10万人殺した。
 その時のクウェートの侵略によって殺されたとされた人数は667人。つまり667人の犠牲を出した侵略戦争に対する報復が、10万人の民間犠牲者と10万人のイラク兵士を殺す湾岸戦争だった。したがって今回もし第二次湾岸戦争が起きれば、このグラフがイラクのものとして、かつこの桁が「350000人」という数で多分出てくるだろうと言わざるを得ない。

 前回の湾岸戦争では、主にイラクの軍事力を集中的に攻撃した。したがって民間犠牲者が出たといっても軍事力が集結している場所に集中的に出ている。バグダッド市内とかいったところではさほど多くは犠牲になっていない。
 ところが今回攻撃するとすれば、その戦争はアメリカが言うとおりだとすれば「イラク政権を打倒する戦争だ」ということになる。これはどういう事かというと、イラクの首都バグダッドを制圧する戦争になるということ。ということは、あの10万人都市バグダッドをアメリカが特殊部隊なり軍事力を投入して制圧するということだから、その民間犠牲者たるやそれこそ莫大な屍の山になるということだ。


軍事合理性というもの  [↑目次へ

 軍事合理性というのはどういうものかというと、アメリカ軍が入っていってイラクの制服を着ている兵隊だけ殺すなんていうことはしない。抵抗してくる人間は民間人の格好をしてようが子供であろうが殺す。軍隊というものはそういうもの。「自らの命が危険にさらされる可能性があるとすれば、相手が女子供であろうと容赦なく殺せ」という教育を軍人は受ける。そうでなければ自分が殺されるし、自分の部隊が危険にさらされる。

 だからソマリアだとかそういったところで起きている犠牲というのは発生する。ベトナム戦争のソンミ村事件についても、あれはそういう訓練を受けた軍隊だからやったこと。なぜならばベトナム戦争というのは、それこそ正規兵なんだかゲリラ兵なんだか民間人だか分からない戦争だった。そういう戦争の中においては「自分たちに向かってくる者は全部敵と見なせ」という教育を受ける。

 たとえば典型的な例をもう一つ言えば、1950年、朝鮮戦争の時に北からどんどん北朝鮮軍が南下してくる。それを当時のアメリカ軍が迎え撃つわけだが、戦線はどんどん後退していく。その後退の仕方というのは、難民も何もグチャグチャになっているという状態。
 その状態で後退してきた時に、ある鉄橋のところでアメリカ軍がこういう命令を出す。「今夜以降、来る人間はどんな人間であろうと殺せ」と。つまり民間人の格好をしたゲリラが入ってくる、と。で、「既に韓国軍が一般の領民は確保し避難させたから、これ以降領民は入ってこない」という命令を前線に出した。そうすると知らないで逃げてきて、その時鉄橋を渡ろうとした人たちが空と陸から集中砲火を浴びて、200数十人が虐殺された。
 そういう事件が実際に朝鮮戦争で起きている。それは50年もたってクリントンが謝ったが、その時の犠牲は帰らない。

 それと同じ事が当然バグダッドでも起きる。そうなればやはり犠牲は何万人という数が出てくる。これはもう軍事力を使って物事を解決しようというのは、常にそういうことだ。そこに「軍隊と民間人」とか「戦闘員と非戦闘員」という区別は元来存在しない。また存在しないでいいというのが、軍事合理性の考え方。
 そういう戦争をアメリカはずっとしてきたし、今後もしていく。それは別にアメリカに限らない。

 グロズヌイ攻略戦をやったロシア軍も一角の町を包囲して、そこに対して大量のサーモバリック弾(熱圧爆弾)を撃ち込んで数千人の市民もろともゲリラ部隊を壊滅させるという戦闘をやっている。これはもう世界各国の軍隊、どっちもこっちもみんな同じような感じ。「まとめて全部殲滅してしまえば中に敵もいるだろう」というような軍事行動を取る。
 下手に情けをかけて、じゃあ難民をこっちに逃そうとすれば、その中に敵のゲリラ部隊が逃れてて後ろから撃たれるに違いない。それが軍事的な物事の考え方。
 そういうことをやられたのがソマリアのモガディシオ。「ブラックホークダウン」という映画が出来たが、ああいうふうにアメリカは失敗したと。「だから今度はもっと的確に相手を倒す高度な軍事技術を開発しました」というようなことを蕩々と言うのがペンタゴンだ。


1991年と現在のアメリカ軍の違い  [↑目次へ

 1991年の湾岸戦争と今のアメリカ軍の典型的な違いを一つ言うとするならば、今は個人に対する権限を非常に多く与えている。
 1991年頃のアメリカ軍というのは、一人の兵隊が勝手に敵と交戦状態に入るということは許されなかった。当然、交戦するということは敵の部隊と自分の勢力が鉄砲などで撃ち合う、攻撃開始をするということで、攻撃する命令というのは上層司令部が出す。上層司令部というのは最終的にはアメリカの大統領。大統領が包括的に命令を与えれば、その次に命令を出すのはペンタゴン。その次には戦域司令部。その次には各部隊司令部。というふうに順繰りにその権限を委譲していく。そうやっていかないと軍隊の統制が取れない。いきなりガーッってあっちこっちで戦争を始めてもらっちゃ困るというのが旧来の軍事の考え方。

 今のアメリカは「そんなことをやってるから、あっちこっちで包囲されて攻撃を受けて殲滅されてって犠牲が出るんだ」と。
 今の考え方はデータリンクを多用して、一人の兵隊が見た映像がそのままペンタゴンまで行く。国家安全保障会議の司令部まで行く、と。したがって、それだけデータリンクで状況把握が中央司令部も末端の兵隊も同じ情報を持って判断できるようになったんだから、末端の兵隊が攻撃を開始して構わないと、そういう考え方に変わっている。
 つまり自分が安全か危険かというのは、手元のコンピューター端末を使ってその周辺一帯のレーダー情報だとか衛星情報だとかみんな入ってくる。で、自分が数時間後に攻撃を受けそうだということが分かれば、上層司令部にお伺いを立てなくても敵に対して先制的に攻撃して構わない。それが今のアメリカの近代軍隊の合理性。

 つまり例えばこういう所に投入されていくアメリカ軍というのは、その場ですぐにいざとなれば戦闘を始めて構わないという状態で入っていく。そこまでもう軍事力の敷居というのは下げられてきている。昔風に戦線を作って軍隊が対峙して「さあやるぞやるぞ」と、これはちょうど1991年の湾岸戦争の時にサウジアラビアに65万人の軍隊を投入して一ヶ月くらい対峙状態があって、それが一定程度時間がたってから攻撃開始となった。それは準備が出来てから攻撃開始となったわけだが、今回のアフガニスタン戦争はそれと全く違う様相を呈しているのはなぜかというと、データリンクを使って個別の部隊部隊、あるいは個人個人までが全体の情報を把握しながら交戦、あるいは撤退ということが自由に行えるというシステムに変わっていってるという一つの証拠。大量の軍隊を集めてドカーンではなくて、逐次投入をしていってそれぞれ戦域を作っていくというようなことが行えるようになっている。
 したがって、昔ならば例えば60万人もの軍隊を動かそうとすれば、物資を補給しなくちゃいけない、兵員を展開させなくちゃいけない、と半年くらいは戦争を始めるまでに時間が掛かった。今ならば最短で1ヶ月くらいの時間があれば戦域に戦力を展開をして攻撃開始が出来るようなレベルにまで達していると言われている。

 したがって今5万人くらいが湾岸エリアに展開しているようだが、この段階から実際の戦闘に入っていくという段階まで1ヶ月足らずで可能であるという非常に危険な状況に近づいているという構造だ。

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5.イラク攻撃を止めるためには
に続く

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