| トップページへ戻る | いろりばた会議年表へ戻る | 〈前半へ〉 〈質疑応答へ〉 |
| 1.有事法とは (1)「有事」法は「戦争」法 (2)自衛隊が「超法規的」に行動しないためにも有事法制は必要? (3)戦争のための法整備とは?―「三矢図上研究」(1963年)を例に 2.有事法制三法案に見る有事法の根本間題 「武力攻撃事態法案」「自衛隊法改正案」「安全保障会議設置法改正案」 (1)「武カ攻撃事態」とは(何に「備え」るのか) (2)有事法は誰を守るのか (3)戦争に協力しなければ「犯罪者」「非国民」に ―国民を守らない有事法(敵は「あなた」だ)― (4)国会、地方自治体の軽視・無視 (5)「備えあれば憂いなし」か「軍備(そなえ)が憂いをつくりだす」のか ―軍事的防衛論の非現実性― 3.「有事」ではなく「平和的生存権」を保障する法律を |

2.有事法制三法案に見る有事法の根本間題
「武力攻撃事態法案」「自衛隊法改正案」「安全保障会議設置法改正案」
(1)「武カ攻撃事態」とは(何に「備え」るのか) [↑目次へ]
●武力攻撃の「おそれのある事態」と「予測される事態」●
さて、ここで多少法案の内容の話に入っていきたいと思います。今日は「有事法案」という題が付いてますから、有事法案というものをみなさんのお手元にわたるように持ってきたんですが、これも条文を詳細に読んでると、ほんとに寝てしまいそうなものなので―細かい話はしないで、まずは一つだけ見ておきましょう。
「武力攻撃事態法案」の第二条の「定義」というところで、その第2項に「武力攻撃事態」っていうのがあるんですね。
今回の法は何に備えるかというとですね、「武力攻撃事態」に備える。つまり「武力攻撃事態」の「定義」にかかわる第2条の第2号を見ますと、「武力攻撃事態」とは何かとすると、「武力攻撃(武力攻撃のおそれのある場合も含む)が発生した事態又は事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう」。ということは、武力攻撃があった時だけじゃない。「おそれのある場合」と、それから「予測される事態」。これもひっくるめて、今回の対象にしようというものなのです。
ということは小泉さんが「武力攻撃されるかもしれない」「武力攻撃される気がする」と思っただけで、この法律が発動することにだってなりかねないわけですね。
●日本侵略の蓋然性はゼロに等しい●
結局今回の法律案はそういうことに備えるんですが、常識的に考えて何もないのに武力攻撃を受けるということは考えられないわけです。もし考えられるんだとすれば、原発をなくさなくちゃいけないわけですが、どんどん作ってるわけですから、これは侵略の可能性を考えてない証拠なんですけれどもね。
何もないのに攻めてくるなんてことがあるのでしょうか。まあ「北朝鮮脅威論」とか今でもありますけれども。かつては「ソ連脅威論」でしたからね。随分こう、かわいらしくなっちゃったわけですが、攻めてくるかもしれないとか言う人がいますよね。
でも、ぼくは冗談を込めて「どうぞ」なんて言ってるんですよ(笑)。「来れるものなら来てみろ」って(もちろん冗談ですよ!)。なぜかというと、日本を侵略するのってすごく大変ですよ。
つまり侵略をする、戦争をするっていうのは子どものケンカと違いまして、勝った後が大変なんです。占領行政をやらなきゃいけないわけです。そうすると日本人、1億2000万人を食わせてかないといけないんですね。しかも日本というのは資源と食糧の全然ない国ですから。食糧はカロリーで言うと自給率が40%、つまり皆さんの体の60%が外国産でできているようなものなんですね。しかもその自給率のうちのほとんどが畜産とか、そういうのが入ってますから、牛とか豚とかはものすごく穀物を食べてますので穀物が止まりますとこの畜産も危ういわけですね。そういうことを考えますと、食糧自給率は日本は本当に危機的な状況です。そういうことで、食糧もない。それから資源、エネルギー。こういうものは、そのほとんどを外国に頼ってますから、占領行政の場合はこれが入ってこなくなる。
そんな中で、最低限日本人を食わせていかなきゃいけない。日本を侵略するというのは、非常にボランティア精神に溢れたというか、日本国民を是非食わせたいという非常に奇特な方が占領にいらっしゃるということになるんですね。それを北朝鮮がやるなんていう。そんなことは、自分の所の国民だってどう食わせるかなんてという状況で、食糧のあるところに侵略するっていうならまだ分かるけど、何で日本に、この資源もない、食糧もない国に、何をしにやって来るんだと思います。
だから侵略の可能性なんていうものは、まあ夢物語や、あるいはどうしても侵略の可能性があってもらわないと軍事費とかが減らされて困るという人にとっては侵略の可能性があってほしいのでしょうけど、現実問題としてはそんなものはまずない、と言わざるを得ません。
●ブッシュに最後まで付き合おうとすると有事法が必要になってしまう●
じゃあ何のためにこの法律が出てくるのかというと、一つはアメリカの戦争に協力するということです。つまりブッシュ大統領は「対テロ戦争」とか言っています。自分がテロリストみたいな感じなんですが(笑)、「対テロ戦争」と言ってみたり、対「悪の枢軸」、対アメリカのことを言ってるのかなと思ったらそうじゃないんですね(笑)。イラク、イラン、北朝鮮だっていうのをここでは言っているわけですね。このブッシュさんが想定している戦争に最後まで付き合おうとすると、この有事法のようなものを作る必要が出てくるということになると思います。
ブッシュさんは今年の1月に日本にやってきて、クギをさしに、そしてネジを巻きにやってきました。ただネジを巻きにやってきたんですが、一番の目的はお金なんです。戦争をやるには膨大なお金が必要だからです。日本に対しては港を貸してくれとかなんとかっていうのも大事なんですが、一番頼りにされてるのはお金なんですね。で、アメリカ外交の一番基本は「日本は圧力を加えると何かやってくれる」というのが基本方針ですから、一番いいのは「自衛隊を出してくれ」、こう言うんですね。言うと、「うちは出来ないですよ」、「じゃあ金を出してくれ」、「じゃあ」・・・・これが日米関係の伝統なんですね。
ところが今度小泉さんが、今回のいわゆる対テロ戦争で「自衛隊を出してくれ」って言ったら、ほんとにインド洋かなんかに派遣しちゃったので、アメリカが非常に困惑している。そんなの出てこられても邪魔だし何のプラスにもならないし、お金だけ出してくれればいいのに、インド洋なんかに来られても困るということなんですね。でもまあ、小泉さんも最近は大分空気が読めるようになってきたのか「抵抗勢力は協力勢力だ」と言ってみたり、ようやく人に頭を下げることを覚え始めたんですが、ともあれブッシュがやってきてお金をむしり取る。で、「あなたの所の構造改革はまだなってない」とか何とか説教を垂れた上で、「じゃあ金をだせ」って言ってるわけですね。何か嫌な高校の先輩みたいですよね(笑)。卒業したのにやってきて「お前金出せ」っていうやつねえ(笑)。まあ、そういうブッシュに付いていこうってんだから、小泉さんは奇特な方ですよねえ。
●したたかなヨーロッパ外交を見習おう●
ヨーロッパはもうそんなブッシュに付いていこうなんていうような空気はありません。イギリスのブレアー政権があるくらいで、しかし国内の反発は強いです。ドイツ、フランスは「アメリカにこれから付いていくと、とんでもないババを引くことになる」、これがヨーロッパの共通認識です。
EU(ヨーロッパ連合)っていうものを作った意味っていうのは、かつて1950〜60年代にEECとかECとかつくっていて、そういうのからEUに発展していくわけですが、これはようするにアメリカマーケットに頼っていたら、もう経済はやっていられなくなる時代が絶対来るぞということを悟った証拠なわけです。この予測があったから、じゃあヨーロッパ市場をちゃんとした方がいいだろう、と考えたわけですね。だからEUをつくったのです。ドイツ、フランスなどは、EUをつくり通貨統合なんかやると、他のヨーロッパ諸国は足腰弱いんだから、何であんな得にならないリスクの高いことやっているんだろうという声が日本ではありますが、しかし、よく考えれば、もうアメリカには頼っていられない、アメリカに頼っていけば何とかなるっていう時代はせいぜい1970年代までだった、こうした点をヨーロッパ諸国はよくわかっているから、ヨーロッパ市場の統合へと進むわけです。
ところが日本は一方でアジア市場っていうものがありながらですね、アメリカに何とか付いていこうということで、アメリカの言うことは何でも聞こうとしています。外交戦略も何もないわけですね。
それで、今回は、つい最近の自衛隊法改正がおこなわれました。これはあっけなく国会を通っちゃったんですが、「米軍基地も対テロから守れるように自衛隊が警備しよう」、こういう法改正が通りました。警備活動というのが入っています。でもこの問題、よく考えてみたらこれは変な話で、米軍ていうのは日本を守るために来ているという建て前でしょう? その米軍を自衛隊が護るっていう。そんな自衛隊が護らなきゃいけないような米軍なら帰ってもらえばいいと思います。ところがそういう法改正がすんなり国会を通る。このことのおかしさに気づいてないような感じで、非常におかしいと私は思うのですが、ただやっぱりそういう中で、アメリカに付いていけば何とかなるんじゃないかっていうのが日本人の暗黙の空気っていうが、かつてはあったと思うんです。「アメリカについていけばいい」、という考えです。確かにこの50年間あまりソ連の側に入ってるよりは良かった、経済大国にもなったしなんていう声がありました。だから、これからもそうだっていうふうに国民が思ってる可能性が高いんですが、これからの経済を考えてみてもですね、アメリカ市場で日本製品を引き受けられるというような、1970年代あるいは80年代までのやり方はもう通用しない。当然アジア市場とかアジアの中でどう生きていくかということも考えていかないといけない時代なのです。外交っていうのはしたたかな計算が一方で必要なんですが、日本政府は、どうもアジアから孤立する方、孤立する方に行っている。これは非常に危惧されます。
●アジアで孤立する日本●
ですから、今こそ、アジアの通貨統合とかAU(アジア連合)というのをどう作るかとか、そういう議論が必要な時代です。まあ今、APEC(アジア太平洋経済協力会議)を中心にそういう議論をやってるわけですけど、日本はどうも「もう、あんたはいらないよ」って言われている空気なんです。「中国中心にやろう」と。だから日本の靖国問題とか教科書問題でアジアが騒いでくれているうちはまだいいんです。相手にしてもらえているわけです。
ところが、どうも最近韓国とかいろんな報道見ると「もう日本はいいや」っていう空気なんですね。もう日本なんてものは何言ったってどうせ聞きやしないんだからもういいと、「日本抜きでやってしまおう」っていう空気なんです。そういうことになってるから小泉さんこの間慌ててアジアの会議に出ていったんですね。それでもあんまり相手にされてませんでしたが、また例によって「構造改革なくして景気回復なし」なんてことばかり言っていて、まったく無為無策です。そんなことより、あなたが辞めることが最大の景気回復策だと誰か言ってあげればいいのにねえ(笑)。
さて、話を有事法に戻しますが、日本がアメリカの戦争において対米協力をしますと、向こうからしますと日本は敵国ですから、日本国内などに―特に米軍基地ですね―攻撃が加えられる。だからアメリカの戦争に協力すると日本有事になっちゃうわけです。その時に日本が攻撃をされる。これはあり得ることです。だから普通に外交やっていれば、こんな「1億2千万人食わせるための侵略」なんてありえないのですが、アメリカに協力をすれば、向こう側の国の自衛権の発動で米軍基地にミサイルが飛んでくることはありえます。これは大変な話です。ところがそういうものに軍事的防衛論で対抗しようというのは非常に非現実的な話だと思います。
●日本では「軍事的防衛」など不可能●
さらに、この辺はもうみなさんご専門ですが、日本のように、原子力発電所が50基以上あるような、しかも仮想敵が北朝鮮だとすると福井県にある原発は約3割でしょ。ここをミサイルでパカパカってやられますと偏西風の影響で東日本、中部東日本一帯には死の灰が降ります。
しかも日本列島は、これだけ狭い国土で、しかも山地が75%ですからね。平野が25%。そこに1億2000万人以上も住んでいるわけです。これは、人口でいうと世界で8位くらいです。そういう多くの人々が住む日本列島は、住宅が密集し、そして原子力発電所が50個以上あり、そして石油備蓄基地も多くある。そんな国で戦争などとてもできません。
石油備蓄基地もこれは日本には大変たくさんあるんですが、例えば、秋田は半地下、久慈は地下、むつ小川原、苫小牧東部、福井は陸上。それから北朝鮮と近いのが九州ですが、福岡の白島(しらしま)、長崎の上五島(かみごとう)、これはなんと洋上なんです。で、この白島と上五島の2つだけで約4000万キロリットルの石油があります。これをパカパカって本当にやられますと、九州一帯が火の海になります。こういう中で軍事的な防衛論でやりましょうっていうのは、ほんとに非現実的な話です。とてもできるような話じゃありません。
ですから有事法の問題は比較的簡単な話で、ヨーロッパも含めてですが、こういう都市型社会の先進国では軍事的防衛論というのはもう現実的に成り立たない話なのです。
そういうことであれば、仲良くするしかないんです。有事法で戦争の準備をする暇があったら、例えば北朝鮮が暴発しちゃいけないとか何とか言うんならですね、たとえばうんざりするぐらい援助すればいいんです。そして外交関係を早く正常化して、大使館の一つくらい置かないといけません。大使館を置けば、何かあったらちゃんと大使館を通じて抗議が出来る。こうやって国際政治や外交戦略っていうのはネットワークができるわけです。これがないから、何が起きてもどうしていいか分からないまま進んでいく。これが、日本外交のお寒い現状です。
●アジアでハト派連合を作ろう●
また、対テロ戦争って言いますけど、テロリストなるものが何で出てくるか、あるいはテロリスト政権みたいのがなぜ出てくるかということを考えなければなりません。物事には、必ず原因というものがあるのです。それは、それだけアメリカを中心とした経済支配や軍事支配が苛烈で過酷だから出てくるわけです。そうすると、そういう国民からすると反米感情とか反先進国感情が湧いてきて、そして極端なこと言う人が選挙で当選をしたりしてしまいます。
だから逆をやればいいんです。経済援助や様々なことをやっていけば、むしろ、テロリスト的なことを言うような過激な政権というのは説得力を失ってしまう。これがですね、平和外交のイロハなんです。
アメリカはまさに戦後やったじゃないですか。西ヨーロッパで「マーシャル・プラン」ていうのを。対テロっていうことについてはまずは一番やるべきことは、そうしたことなのですが、現在は、むしろ危機を煽っておいて「何か攻撃の危険性がある」などとお互いの国で言っている。これでは、危機がないと困る両国のタカ派同士が喜ぶわけです。今の外交のやりかたでは、「タカ派連合」になっているわけですね。
つまりあっちのタカ派とこっちのタカ派がお互いに運命共同体のようになっていて、危機がお互いにあり続けないと困るという構図です。しかし、これは、お互いのハト派がむざむざ失墜もしくは失脚させてしまいますし、何よりも国民にとっては大変不幸な話です。
これは転換するにはハト派連合を作ることが必要です。それは、経済援助とか何とかをやって、お互いの国のハト派の言うことが説得力を持つように変革するということです。ハト派連合を強固に両国につくる。実は、これは韓国の金大中大統領が、南北間でそれをやろうとしてるわけですけど。そういった外交の転換こそが、一番現実的な方途であり重要だろうと思います。
(2)有事法は誰を守るのか [↑目次へ]
●「国」を守るとは? 国家か、国民か?●
時間も迫って来ました。
次は、有事法は誰を守るか、という話です。これは先ほども言いましたように、守るべきは、「国家か 国民か」、どちらなのかという問題です。
「国を守る」っていう言い方は曖昧なのです。最も優先的に守るべきは、「国家」、「国民」、どっちなのか。とりわけ、これが対立した時どうなるか。こういう問題があるわけです。
戦争というのは、人間の平等という問題を根底から覆します。人間というのは、本来、少なくとも、命はみんな平等なんです。誰の命が尊いなんてことはないんですね。ところがいったん戦争になるとこの前提は一気に覆ります。つまり弱いものから先に死んでいくわけですね。「戦争に役に立たない」と。例えばハンディキャップを持ってる方とかは、「役に立たない」などと言われる。それから兵卒、つまり最前にいる兵隊はいくら死んでもいい、しかし政府中枢や軍の指揮命令系統は何があっても守らなきゃいけない。これが戦争なんです。軍の指揮命令系統や政府中枢さえ、無事である限りは戦争は続けられると考えられてしまうからです。
この時、軍人はいつでも連れてくればいい、代わりはいくらでもいる、などと考えられてしまう。だからこれが一人ぐらい、一人や二人、100人、1000人死んだって関係ない。これが戦争の厳粛な論理ですから、命の平等という一番当たり前のことが戦争になった瞬間、一気に覆ってしまうのです。
ですから有事法というのは国民を守るものでは全然ない。何か国民を守ってもらうための法整備をやっているという、あるいは自衛隊というのはそういうためにあるという前提が当然であるかのような空気がありますが、それは全くそうならないだろうと思います。しかし、もし「いや、そんなことはない」って言う人がいるのならば、なぜこの有事法案は「市民保護の制度化」っていうことが最初に来てないのかという疑問に答えてもらわなければなりません。
例えば国際法には、ジュネーブ追加議定書というのがありまして、戦時における市民保護について詳細な規定を置いています。これはその中には無防備地域には攻撃しちゃいけない、それを攻撃すると戦争犯罪になるというものまで含めて詳細な市民保護の規定があります。ところが日本は加盟していないのです。そんなに有事法とかまがりなりにも「国民保護法制」などと言うのならば、まずそれを批准してから言うべき議論ですよね。
さらに、政府は繰り返し「太平洋戦争中のような、言論統制や、あるいは協力を強制させるなんてことはしないんだ」と言いますが、それだったらこの有事法案を制定する前に「戦争非協力保障法案」や「言論の自由保障法案」をまず出すべきだと私は思います。ところが当然そんなものは出てこないわけです。つまり戦争というのはこんな非協力者とか言論の自由を認めて遂行できないからです。そしてそういう動きを抑えることこそ、有事法の目的だからです。
●「公益的事業を営む法人」に限定はない●
そして、国民に戦争反対の行動を許すどころか、むしろこの法案では、「国民の協力」義務という規定(第八条)が入っています。まあ今回は一応「努力義務」ってことになってはいますが。
(国民の協力)
第八条 国民は、国及び国民の安全を確保することの重要性にかんがみ、指定行政機関、地方公共団体または指定公共機関が対処措置を実施する際は、必要な協力をするよう努めるものとする。
で、それから協力義務があるという点については「指定公共機関の協力」というものも規定されています。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
五 指定公共機関 独立行政法人(独立行政法人通則法<平成十一年法律第百三号>第二条第一項に規定する独立行政法人をいう)、日本銀行、日本赤十字社、日本放送協会その他の公共的機関及び電気、ガス、輸送、通信その他の公益的事業を営む法人で、政令で定めるものをいう。
この指定協力機関ていうのは第二条の五号なんですが、指定公共機関は「独立行政法人、日本銀行、日本赤十字社、日本放送協会その他の公共的機関及び電気、ガス、輸送、通信その他の公益的事業を営む法人で、制令で定めるものをいう」。
これは、何の限定にもなってはいません。「その他の公共的機関」、それから「その他の公益的事業」「政令で定める」、これ何でも入ってしまう。食糧だって戦争中は公益的事業だという理屈も出てくるかもしれません。そうなれば、スーパー、コンビニまで含めてみんな公益的事業になります。これに協力義務があるとなってしまうのがこの法律なのです。
それから「業務従事命令」っていうのがありまして、これはちょっとみなさんのお手元の自衛隊法の改正案では分かりづらいんですが、自衛隊法の第百三条第二項に業務従事命令を出せるっていうのがありまして、土木、建築、運輸、その他の業務の者に業務従事命令を出せる。つまりこれは徴用です。強制労働させることが出来る。やはりお医者さんとか土木、建築、輸送、こういったところは優先的に戦争に動員されることになるだろうと思います。
それから物品の収用っていうことに関連して言うと、「保管命令」というのがありまして、今回これに罰則が付きます。保管命令というのは、物資を収用する以前に、これを隠したり破損したり売却したりしてはいけないということなんです。軍隊の方に差し出せというわけです。これが保管命令ですが、これに違反しますと6ヶ月以下の懲役を受けることになります。
今回は、主として、(立ち入り検査の問題と)保管命令だけに罰則が付いてる法律案になってるんですが、「収用」の拒否の方には罰則が付いてないのかというと、一応、確かに付いてないんです。しかし収用の場合はようするに取り上げる現場において抵抗しますと、公務執行妨害になるんですね。ですから、収用の場合は、書かなくたって収用が出来るし、それを拒否すれば、公務執行妨害で逮捕されるわけですね。
ただし今までは保管命令の規定がなかったんです。つまり収用に行って、取り上げようとして抵抗すれば公務執行妨害なんだけど、前もって隠されちゃったり売っちゃったりされると、罰則を科すことが出来なかった。そこで、今回はその抜け穴をふさぐようになっているわけです。そう、最後の仕上げなんですね。
こうして考えると、「国民の一般的協力義務」、それから「指定公共機関」という無限定なものへの「協力義務」。さらに「業務従事命令」。そして物品は徴発、強制的に取り上げることが出来る。それからお家を壊す場合も、公用令書、つまり収用の際、事後的に紙切れ1枚を出すだけでそれが出来てしまいます。
こういうことを詳細に今回も決めていまして、とりわけ自衛隊法の改正案では、もっと多くの様々なことが決まっています。とてもこの自衛隊法改正の法案を見てても、もともとどうだったのを何に変えるかがわかりませんから、普通はピンと来ないんですが、ぼくの手元には自衛隊法改正に関しての「新旧対照表」があるので、現行法と改正案でどういうふうに変わるかがわかります。これは政府が作っている表です。ぼくの手元にはこれは「蛇の道は蛇」でして(笑)、一応入ってくるんですが、普通の人はなかなか手に入りません。こういうのがないと何が起きるか分かんないんですよ。国民に伝える気がないということの現われですね。
(3)戦争に協力しなければ「犯罪者」「非国民」に
―国民を守らない有事法(敵は「あなた」だ)―
[↑目次へ]
●有事法の対象は対仮想敵国ではなくて対国民−NOといえない国づくり●
そういうわけで、政府は、こういうようなことを姑息にやろうとしてるわけですね。で、なんでそんなことをやるかって言いますと、有事法っていうのはみなさんは、対仮想敵国に向いてるもんだと思ってらっしゃるかもしれません。しかしそうじゃないんですね。有事法っていうのは対仮想敵国ではなくて対国民に向けるものなのです。
つまりこれだけのことを詳細に決めるっていうのは、国家からすれば国民はいつ敵に変わるか分からない。いつ「協力しない」とか「そんな戦争をやめろ」とか言い出すか分からない。ましてや想定してる戦争は、基本的には日本有事じゃないですから。米軍絡みでの有事ですから、なお一層「戦争反対」ってことを国民が言いかねない。その敵に変わるかもしれない国民、あるいは自治体の長、そういうものをいかに統制するかが今回の有事法制であります。
つまり彼ら国家にとっての敵は、仮想敵国じゃなくて対国民、もっと言うならば、あなた自身なんだというわけです。これが有事法の本質です。だから、結局、有事法制は、「市民保護」じゃなくて、「市民統制」になってるわけですね。
(4)国会、地方自治体の軽視・無視 [↑目次へ]
加えて、近年の憲法状況を眺めてみるならば、1999年は盗聴法、それから国旗国歌法、住民基本台帳法、まあこれまたさらに改正して国民に11桁の背番号を付ける住基ネットを導入するといっている。これはまさに国民総背番号制ですね。それから今問題になってるメディア規制法。まあ「個人情報保護法」とか「人権擁護法」とかなんかそれらしい名前を付けてますけどね。 プラス昨今のですね、靖国参拝とか教科書問題などがある。教育の方も統制しようってわけですから、こういうことをプラスして考えますと今言った「市民統制のための有事法」という話は決して非現実的な話じゃないと思います。
今日は扱う時間がございませんが、その他に、この有事法を運用する手続きにおきまして、国会の民主的コントロールを空洞化し、また、地方自治体も国(中央政府)の指揮監督かに事実上入れられてしまう点も大いに危惧されます。
(5)「備えあれば憂いなし」か「軍備(そなえ)が憂いをつくりだす」のか
―軍事的防衛論の非現実性―[↑目次へ]
で、そろそろ時間も迫ってますのでいくつかを飛ばしながらポイントをしぼってお話をしたいと思います。
結局、こういう諸々の有事法制の問題点というのを考えていきますと、最後はどこに行き着くかっていうと、軍事的防衛論、軍事による安全保障のためであったら人権はどんなになくなろうが、自由がどんなになくなろうが、民主主義や法の支配がどんなになくなろうがいいんだっていう前提にこの有事法は立ってるわけですが、私の根本的な疑問は「そんなに軍隊とか軍事とか国家っていうのは信用できるのか?」ということです。
小泉首相は「備えあれば憂いなし」とか言いますが、むしろ「備え」=軍備が憂いを作り出すことにならないのか。特に国民からすれば。そもそもその「備えあれば憂いなし」って、もう一つですね、「治にあって乱を忘れず」といいますけれども、でも「治」の状態、平時の状態で「乱」を作り出すのが有事法であります。
さらに、「憂い」っていうのは具体的内容は何なんだという、これを明らかにしてもらわないと、その「憂い」を解消する努力のしようがない。「憂い」の具体的内容は何なんですか、という疑問に小泉首相は答えられないわけです。
当然、政治における「憂い」という問題は、優先順位もあるわけですね。全ての「憂い」に対処するっていうのは政治では不可能ですから。財政的な限界もありますし。当然、現在の日本では、いわゆる「憂い」っていうことであれば、まずは災害対策でしょうね。
未だに自衛隊が災害救助をやっているなんていうのは、これはつまり災害救助のスペシャリストがいないっていうことですね。しかも自衛隊の災害救助っていうのは、あれは法律上、軍事訓練の一環でやっているという名目なんです。ちなみに札幌雪祭りは雪上訓練なんだそうですけど(笑)。 まあ何でも訓練ということになる。つまり自衛隊は、法律上、本務ではなく余技で災害救助をやってるわけですね。ですから、そんな片手間で救助という大切な仕事をやられても困るので非武装のしっかりした救助部隊を整備することが急務であります。レスキューっていうのも非常にいま脆弱ですから、こんな地震列島でそういう状態である野は困る。それこそ「備え」をちゃんとしないといけないはずです。
ところが、日本の現在の地震対策費、予知対策費は100億円程度。これ活断層を調べるための穴を2、3本掘ると予算がなくなっちゃうんですね。それに対して、防衛費と称する軍事費は、約5兆円、世界第3位の防衛費ということになってる。これは、非常にアンバランスです。
3.「有事」ではなく「平和的生存権」を保障する法律を [↑目次へ]
私の有事法制の根本的な疑問は、そもそも軍事的な防衛論っていうものは非現実的なのではないか、先ほども申し上げましたけど、この都市型社会で、ましてや原発や石油備蓄基地こんなにあってとても成り立つものじゃないということであります。
そして電力一つが止まっただけで、この大都市は崩壊してしまいます。それどころか、「有事近し」というだけで、買い溜め、売り惜しみ、略奪、放火、都市ゲリラなど、相当なパニックが予想されます。そういうことを考えますと戦略備蓄だとかシーレーン防衛とか―石油などの海上輸送路の防衛―、それから警察・軍隊の治安強化、こうしたものではとても対抗できません。数千万単位の難民が出ることを覚悟していなければなりません。まして、日本の場合、東京一極集中で政治・経済・文化、管理中枢が東京に集まっていますので、この都市が破壊しますとこれ大変なことになります。
ですから、先進国が共通して巨大都市を持った時代、「都市型社会」の時代の防衛論というのは、私は、非武装の市民的防衛論の方がより現実的ではないかと考えます。
こうした問題をより詳しくは、私は、共著で、『Q&A日本国憲法のよみ方』(明石書店、弓削達監修)という本を出していまして、ここでは「国を守るために軍隊は必要か?」とか「万が一攻められたらどうするのか?」とか、こういうまあ「嫌らしい」質問にも、私は答えてますので、よろしかったら目を通していただければと思います。
まあともあれ、そういう意味では、現実的にとても成り立つものではないような軍事的防衛論というもののために、人権も民主主義も破壊されてしまう、そもそも人権保障のために国家があるはずなのに、人権を国家のために捨てろっていうのはこれは逆立ちした話だと思います。そういうような有事法というのはとてもじゃないけれども、これは賛成するわけにはいかないようなものだと私は思います。
●平和憲法があるから国際貢献ができないのか、それとも平和憲法があるのにやってこなかったのか●
むしろ日本国憲法はまさに平和憲法でございまして、憲法9条は戦争・戦力の保持の放棄、非戦・非武装平和主義を定めると同時に、憲法前文では非常に注目すべきことが書いてあります。
われらは、全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。(日本国憲法前文より)
「平和のうちに生存する権利」、これを「平和的生存権」と言っているのですが、これはまさに21世紀的な人権であります。人権の歴史を見ると、自由権から社会権そして平和的生存権へという発展がみられる。つまり、近代の自由権、20世紀・現代の社会権、さらには平和の権利、平和に生きることそれ自体が人権だという「平和的生存権」への発展であります。この権利主体は、日本の国民はもちろんのこと「全世界の国民」と言ってるんですね、日本国憲法では。「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免かれ」ることを目指している。ここでいう「恐怖」とは戦争の恐怖や独裁政治の恐怖、まあテロの恐怖も含めてでしょうね。それから「欠乏」とは飢餓、貧困を意味するわけです。
こうしたものが結局戦争の原因を作り出してるわけですから、原因そのものを断つことで戦争や武力紛争を未然に予防し、平和を創造しようというわけです。そして平和の拡大再生産を目指す。そういう人権保障を「全世界の国民」に対して、しかも「ひとしく」保障されるように努力するということです。そういった保障をしていくってことが書いてあるのに、全くこれに対しての日本国政府の努力は今までありませんでした。そして急に1990年の湾岸危機のあたりから「国際貢献」なんてことが出てくる。「国際貢献」のためならば、平和憲法をないがしろにしてもかまわない、憲法の制約はむしろ邪魔だという声さえある。
私は、「平和憲法があるから国際貢献ができないのか」、それとも「平和憲法があるのにも関わらず今まで国際協力をやってこなかったのか」、どっちなんだと思います。そういうことから考えますと、やはり、この憲法のいう「平和的生存権」をいかに実効力を伴って保障する法整備なりを整える必要があると私は思います。
「有事法」ではなくて「平和的生存権保障基本法」を作りなさい。これが有事法制の、対案になると思います。
ま、そういった諸々の問題を含めてこの有事法の問題、さらにより細かい問題はまだまだありますけれども、それは質疑等を通してお話しすることにしまして、いったんこれでお話しを閉じたいと思います。
ご静聴、どうもありがとうございました。

| トップページへ戻る | いろりばた会議年表へ戻る |