第63回いろりばた会議録(2002年5月21日開催)スペシャル
有事法案と核テロ防止説

〜前半〜

河上 暁弘さん
(中央大学人文科学研究所客員研究員・憲法学)


トップページへ戻る いろりばた会議年表へ戻る 後半へ〉 〈質疑応答へ

レジュメ「有事法制関連三法案」

〈目次〉
 〜前置き
1.有事法とは
 (1)「有事」法は「戦争」法
 (2)自衛隊が「超法規的」に行動しないためにも有事法制は必要?
 (3)戦争のための法整備とは?―「三矢図上研究」(1963年)を例に

2.有事法制三法案に見る有事法の根本間題
  「武力攻撃事態法案」「自衛隊法改正案」「安全保障会議設置法改正案」
 (1)「武カ攻撃事態」とは(何に「備え」るのか)
 (2)有事法は誰を守るのか
 (3)戦争に協力しなければ「犯罪者」「非国民」に
    ―国民を守らない有事法(敵は「あなた」だ)―
 (4)国会、地方自治体の軽視・無視
 (5)「備えあれば憂いなし」か「軍備(そなえ)が憂いをつくりだす」のか
    ―軍事的防衛論の非現実性―

3.「有事」ではなく「平和的生存権」を保障する法律を

【当時の状況説明】
 2002年4月17日、小泉純一郎内閣により有事法制関連三法案(「武力攻撃事態法案」と、それに伴う「自衛隊法改正案」「安全保障会議設置法改正案」)が国会に提出された。
 ここに至るまでの数年間の流れとしては、1999年には、新ガイドライン(日米防衛協力の指針)制定に伴う国内法整備として、周辺事態法(アメリカの後方支援に関する枠組み)が成立。この小渕恵三内閣の時、自自公連立与党は有事法制の第1、第2分類の立法化で合意していた。2001年には森喜朗首相(当時)が有事法制立法化の検討開始を明言。
 そして2002年、前年9月11日のアメリカ中枢同時テロ事件、前年末の奄美沖不審船事件などを背景にして、1月から開会中の第154回国会に有事法制関連三法案が提出されることになる。
 この法案に対しては全国の自治体、市民団体、研究者、ジャーナリストなどから強い反対の声があがっている。


いろりばたマーク

(前置き)
●原発を抱えておいて戦争などできない●
 [↑目次へ

 ただいまご紹介いただきました河上でございます。

 私には、中央大学人文科学研究所客員研究員という肩書きが一応あります。専門は憲法学でございまして、主に平和主義、憲法制定過程、地方自治などが専門分野です。

 さて、本日のテーマは、「有事法案と核テロ防止説」という題が付いています。私は「平和憲法と有事法」という演題で出したつもりだったのですが、いつの間にかそうなっていました。これは恐らく「たんぽぽ舎」というのは非常に伝統のある原発問題をやっている団体ということがありまして、やはり「核」と題名につけないと来るものも来ないということかななんて深読みしたのですが(笑)。しかし、むしろ核問題の方はみなさんがご専門だと思いますので、核問題については、質疑などを通じて、私の方がお教えいただきたいと思っています。
 今回は、私が一応、基本報告ということでお話をまず50分位させていただきますけれども、むしろ討論などを通じましてみなさまの方からも学びたい、私はそう思っています。

 ですから、この「核テロ」云々の問題は、今、司会の方も冒頭におっしゃったように、有事とか―これは結局「本土決戦」ということになりますけれども―そういうことを考えるのだったら、原子力発電所があると、戦争などできないわけですから、原子力発電所をゼロにすることがそういう意味では有事法制論議の前提条件だろうと思います。まあ、私は、「軍事的な防衛論」ということ自体がそもそも非常に疑わしいと思っていますけれども、仮に軍事的防衛ということを言ってその上でこの有事法というものの法整備を行うというのならば、政府はまず「原発をゼロにしました」と言って下さい、こういうことだろうと思います。ですから今、司会の方がそういうことと同趣旨のことをおっしゃいましたけれども、私もその通りだと思いますので、ここで冒頭に1回触れればこの核の問題はもういいかなと思いますので、あとは一応レジュメに沿いながらお話をさせていただきたいと思います。

 このレジュメも今日作ったばっかりのほやほやのものです。項目があがっているだけでですね。詳細なレジュメには全然なってないのですが、最近は時節柄、私のような者でもいろいろな所から講演依頼で呼ばれまして、ほんとうに自転車操業でいつもやっている感じなのです(笑)。まあ簡単な流れはここでおさらいしていただけると思います。

 それから、その後の方につけてある資料は、今回の有事三法案の法案でして、最初に付いてるのがいわゆる「武力攻撃事態法案」という、まあこれが有事法制の基本法です。それに伴って自衛隊法などが変わるので「自衛隊法改正案」の一部と、それから「安全保障会議設置法改正案」の一部が資料として付けてございますので、参考にしていただければと思います。
 ところで、私も曲がりなりにも憲法研究者でありまして、法律家ですので、法律チックな話も出来るのですが、多分、あまりに法律チックな話をしますと、5分くらいで皆さんぐっすりお休みになってしまいますので(笑)、質問等ございました時に、条文解釈関連の話がもしあればその時にお話しすることに致しまして、あまり法律の条文の細かい問題には深入りしないで、有事法制の基本的な問題、この有事法の根本問題は一体何かっていう観点から、まずはお話しをして、必要があれば条文にも触れるというスタイルにしたいと思っています。


1.有事法とは
(1)「有事」法は「戦争」法
 [↑目次へ

●「有事」とは基本的に「戦時」●

 この有事法について考えるときに、まず指摘したいのが、「有事」という言葉自体が非常に曖昧な言葉だということです。有事というのは基本的には、まさに「戦時」のことでして、と同時に非常時のことです。戦時だけだとちょっと狭いので、まあ非常時という言い方のほうが正確かもしれません。かつて戦前戦中に、「この非常時に何を言っておる」ということで、人権が侵害された歴史が日本にはあったわけですね。もう妹と外を歩くだけで「これは妹である」ということをいちいち証明しないといけないという時代が日本にあったわけですから、まあ一定年齢以上の方はこの「非常時」と聞くと非常にこの有事法の本質というものがピンと来るのではないかと思います。
 ですから、この「有事」法案は、基本的に「戦時」法案です。つまり、戦争をいかにやるかっていうことの法整備を行うのが今回の有事法ということになります。戦争をいかにやるかっていうことは、つまり戦時になっていかに人権、民主主義を制限するかということを前もって法律で定めておこうというものです。そう、当然、軍事活動をやると人権や民主主義が吹っ飛んでしまうからです。

 つまり、例えば言論の自由とか財産権とか労働者の権利とかですね、こういったものを認めた状態で戦争というものはできません。当然、言論統制、あるいは徴兵(一般国民を兵隊にとること)、それから徴用(一般国民に労働力を提供させること)、それから徴発(物品、所有物を強制的に収用すること)をやらないで戦争はできませんので、今のうちから前もって戦時にいかに人権、民主主義を制限するかということを法律で定める。そして、そうした軍事行動を合法的に行う。合法性のお墨付きを与えながら軍事活動行う。そのための法整備がこの有事法なのです。
 ですから、小泉純一郎首相は、「備えあれば憂いなし」とか何か抽象的なことを言っていますけれども、別に災害救助とか人命救助のための法整備をしているわけでは全然ありません。まさに、「戦争」法をつくるというのが、この「有事」法の本質なのです。


(2)自衛隊が「超法規的」に行動しないためにも有事法制は必要?  [↑目次へ

●結局、有事法では軍隊を法で縛るということにはならない●

 ところがこういうふうに言いますと、「いや、自衛隊がいざというときに超法規的に動かれると困る。国家が自衛隊を法律で制限しコントロールする、そのためにも有事法制は必要じゃないか」、まあこういうことが政府筋を中心に言われます。政府も、とにかく合法的に軍事行動をやりたいものですから必死になってそういう、まあ涙ぐましい言い訳をしているわけですね。しかし、そもそも考えてみたら自衛隊自体がいわば「超法規的」、「超憲法的」存在ですよね。つまり憲法第9条は、あらゆる戦争と戦力を放棄すると規定していますから、自衛隊自身が違憲の「超法規的」な存在なわけですが、その問題を差し置いて、法で自衛隊を縛るという話もないものです。
 さらに、そもそも有事というのは何が起こるか分からない非常事態なんです。現行法で想定できる事態でやれるのであれば有事法なんてものを作る必要はほとんどないわけで、何が起こるか起こってみないと分からないのが、まあいわゆる有事なのです。そうであるとしますと、有事法というものによって国家権力や軍隊というものを非常に厳しく制限したり、手続きを複雑にすると、これは非常事態の段階では使えない法律になってしまいます。他方で、じゃあそうではなくて、使えない法律は困るから、ある程度緩やかな規制でやってみようとすると、今度は法で規制する意味がなくなってしまうわけです。
 つまり結局戦争をやろうとしますと「きつく縛っておいて、しかし非常時には超法規的にやる」か、あるいは「いかなる軍事行動をやっても合法的になるように非常に緩やかな法規制にする」か、どちらかにならざるを得ない。そうだとすれば結局、いずれの場合にも、軍隊を法で縛るっていうことには全然ならないということなのです。

 しかも、この種の有事法に賛成する人々の議論には、「有事法というものを作っておけば、いざという非常事態に軍隊はその有事法通りに動いてくれる、有事法の規制にちゃんと従う」という大前提があるわけですが、しかし、これは全くあてになりません。もしそういうふうにお考えの方が国民の中にいらっしゃるとすれば、それは軍というものの本質を非常に甘く見ているのではないかと思います。つまり、「軍というのはいつでも国民の言いなりになるんだ、あるいは国民代表の言いなりになるんだ、決して国民に銃を向けるなんてことはないんだ」という前提があるようですが、こんなことは、世界中の軍隊見ても特に、日本の過去の歴史をみても、あり得ないことです。

 世界の、例えば20世紀に限っても、軍というのは攻めてきた敵国の外国人を殺しているのだろうと一般的には思われているのですが、しかし実際には、自国民を殺している数の方が圧倒的に多いんです(ダグラス・ラミス「『非常識な』憲法?」)。これは第二次世界大戦を含めての数字ですからね。第二次世界大戦で敵国、外国人を殺している数字を含めてみても、圧倒的に軍は自国民に銃を向けているのです。
 つまり軍というのは国民を守るものじゃなくて、国家を守るもの、国家の支配者層を守るためのものになっている。しかも軍というものがどういう論理で動くかというと、「軍事合理性」と言いまして、つまり「勝ち負け」、これが一番優先する。負けてもいいから有事法の規制通り動くなんてことはあり得ません。それが軍というものです。ですから「有事法さえ作っておけば、いざというときに法通り動く」というのは、これは軍の論理からしてあり得ない話なのです。
 この有事法制、あるいは国家緊急権という制度は、現に濫用や悪用が非常に多くて結局統治・支配の道具になってしまっているのが世界の現実です。世界中の国々を見て、軍部や軍需産業の影響が政治に全然ないという国はほとんどありません。アメリカだって軍需産業が非常に大きな役割を果たしていると言われますけれども、軍部や軍事産業が政治に影響力を持たないということは考えられません。

 そのように考えると、そういう意味では「超法規的に行動しないためにも有事法は必要だ」という、非常にまあうまく理屈を考えたつもりなんでしょうけれども、全然これはあてにならない。むしろ有事法を作るというのは人権、民主主義というものをいくら制限してもいいという、そういう剣を政府に与えることになってしまう。それが有事法の本質だと私は思います。

 だからこういうふうに有事法というものが今回国会を通過してできてきますと、まあ今回の法律案は細かく見ますとホップ、ステップ、ジャンプのホップの段階ですから、いきなり何でもかんでも強制的に何かをやるっていうふうにはなってないかに見えますが、しかし有事法っていうものがたとえ部分的にであれ修正されてであれ、少しでも通れば「いざというときに軍がフリーハンドを持つのが当然だ」という空気が完全に出来上がってしまいます。
 今回の有事法というのは、これ自身、個別に検討しますと、非常に問題点は多いのだけれども、しかしまあソフトな書き方をしてる部分があります。しかし結局こういうものがいったん通ってしまいますと、「いざというときに軍はフリーハンド持つのが当然」いうのが常識になってしまって、法の規則があるとか罰則があるとかそういうことを超えて、戦時の人権侵害が起こり、それは法の規制だけじゃなくて、「あなたはなぜ戦争に協力しないの」といった感じの国民相互間の相互監視システムのなかで自由・人権の抑圧が起こるというのは、まあ戦前・戦中の「隣組」ではありませんけれども、とりわけ日本の集団主義の強い中では、火を見るより明らかであると思います。これは非常に危険なことですね。


(3)戦争のための法整備とは?−「三矢図上研究」(1963年)を例に  [↑目次へ

●87本の戦時法をわずか2週間で国会を通過させるという「三矢図上計画」●

 ところで、この有事法というのは今回突然ゼロから出てきたような話ではありません。かつて1963年、まあ昭和でいうと38年、38で「みつや」。三本の矢っていうのと38をかけて「三矢図上研究」というのがあったのですけれども、これが最初の本格的な有事研究でして、制服組―つまり軍人たちですね―が独自に主導権を握ってこういった研究をやっていたということが明らかになりました。
 これは明らかになったのはもう少し後で、1965年に当時の社会党の岡田春夫議員が国会で佐藤栄作首相に対して爆弾質問をしまして明らかになったことです。ちなみに当時の防衛庁長官は小泉純也さん、まあ今の小泉純一郎さんのお父さんに当たる方ですが、彼も結局辞任することになりました。そういう「三矢図上研究」っていうのがあって、これが有事研究のスタート地点です。

 この「三矢計画」っていうのは、今回の有事法制問題を考える上でも非常に参考になるものなんですね。ちなみにこの「三矢計画」というのは第二次朝鮮戦争が起きたらどういうふうに行動をするかっていうことで、国民の権利、民主主義、日常生活を完全に押さえ込むような87本の法律をわずか2週間で国会を通過させるという計画でした。これ、中身を見ると大変なことが書いてあります。ちょっと沢山のこと言いますけれども、内容を紹介してみたいと思います。


 「一般労務の徴用」。まあ強制労働ですね。

 それから「業務従事の強制」

 「官民の研究所、研究員を防衛目的に利用」。私も利用されるかどうか知りませんけれどね(笑)。

 「防衛徴集制度」「兵籍名簿の準備」。これは、徴兵ってことですね。

 それから「国民世論の善導」。これ「善く導く」と書く。善導。よく右翼の脅迫状に「正しい日本人に」「善導」なんて言葉が出てきますけどね、あの善導かな(笑)。 まあこれは、言論統制ですね。

 「防衛産業の育成強化」

 「交通・通信の強制的統制」

 「国民生活、衣食住の統制」。ということは、またあのモンペとかですね、ああいうのが出てくるんですかねえ(笑)。 灯火統制なんていうのも当然出てくるでしょうね。それからまたサツマイモなのかっていう、またあれが出てくるのかと。

 それから「非常時物資収用法」。先ほど言った徴発ですね。

 それから「防衛物資の優先取得」。つまり国民と軍がある物資を巡って競合しますと、軍が優先する。

 「土地収用」「強制疎開」

 「内閣総理大臣の権限強化」

 それから「郷土防衛隊の設置」。民間防衛ですね。また竹槍かという話にもなりますかね(笑)。

 「国家非常事態宣言」。これは戒厳令。

 それから「出動命令前の武力行使の基準」

 「防衛司法制度」。これは軍法会議のことですね。現憲法では、憲法76条2項で「特別裁判所」の設置を禁止していますから、本来設置できないはずのものです。

 それから「軍事秘密の保護」

 それから「臨時防衛費特別会計」。これはですね、戦争をやるにはお金がいるんです。かつて臨軍費というのがありましたね。臨時軍事費特別会計予算。臨軍費と呼びますけれども、つまり赤字国債をばんばん出して防衛費、軍事費を財政支出させる。あの赤字国債の乱発が日本の財政をズタズタにしまして、戦争もできなくなっちゃった。ちなみにですが、今の財政法は第4条で「赤字国債の禁止」っていうのを定めています。あれはただ単に財政問題だけじゃなくて、この頃の戦前戦中の苦い教訓、赤字国債、特に軍事費のための赤字国債を出すとどんなことになるかっていう反省の上にできている法律なんです。しかしまあ、この臨軍費を復活させると。すごい話です。

 さらに「栄典制度の確立」


 まあこういうような軍人の本音剥き出しの研究を、防衛庁長官も総理大臣も知らないまま秘密裏にやっていたので大問題になったことがありました。
 で、しかもこれは87本を2週間で一気に可決させるってんですから。これは社会党もあった時代ですからね、ちゃんと野党があった時代です。そしたらこれ通るのかっていうと、ちゃんと書いてあるのです。括弧で。
 「革命勢力の排除」と書いてあります。ああそうか、社会党とか共産党とかは「革命勢力」なのかということが分かりますね。自衛隊から見るとそうなんですね。それを排除する。つまり反対者をいかに統制し排除するかっていうことまで研究の中に入っている。これが具体的な有事法整備のプロトタイプなんです。

 だからまあ、現在の戦争とこの冷戦期の戦争とは違いがありますから、全く同じものが今回というわけではないのかもしれませんが、ようするに国家が戦争をやろうとしたらこういうものが必要だと考えられているというのは非常に参考になる話だと思います。国民の目をごまかそうとして、色んなソフトな形で法案が出てきますが、いざ国家が戦争をやるって場合には少なくとも長期的にはこういうものを検討している、これが有事法の具体的な内容だっていうのが非常によく分かります。
 ということで、まあ有事法というのは今見たような内容を持っている。ですから有事法を整備するっていうのは、結局戦争への道を法整備するものであることがおわかりいただけたかと思います。

いろりばたマーク

後半につづく

トップページへ戻る いろりばた会議年表へ戻る