望月 彰さん
(元日鉄溶接工業労組安全対策小委員長、JCO事故調査市民の会)
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1999年9月30日に発生した東海村臨界被曝事故では「ウランをバケツで取り扱っていた」「裏マニュアルが存在し、それすらも守っていなかった」という事実が世間にショックを与えた。しかし事故から1年半後の昨年4月から始まった裁判では「事故の責任は現場のズサンな作業にある」という認識を覆すような証言が飛び出している。望月さんは「作業者責任論」批判の視点から裁判を追っている。

みなさんまずですね、プリントのこの図があると思います。それを出してください。それからですね、このちょっと分厚い10ページの「茶番のJCO裁判」ていうのがあると思います。これはあのー、去年の11月の段階でもって裁判の経過報告を書いたものです。この一番最後に図があると思います。それを出してください。それから今配ってもらってますが今からお話しすることをですね、ごくごくかいつまんで言いますとその4、5ページですね、4、5ページに書いてあることをお話ししたいなあと思ってます。
で、全く同じことなんですけども「社会評論」の春号にですね、書きました。少しづつ角度を変えて、でも書いてあることは同じことです。4月15日に発売されます「技術と人間」にも書いております。
●本当の原因を隠し去ってしまうという国家的な犯罪が行われている● [↑目次へ] で、いま渡辺さんの報告ありましたけれども結局ですね、この事故はなぜ起きたのかということでもって、ま、例えば戦後の大きなフレームアップでもって松川事件というものがありました。それから満州事変もそうだし、権力が自分でもって事故を起こしてそしてこれは誰それのせいだというふうにした事件がありました。
この場合はちょっと違いますね。事故は意図して起こしたことじゃないんです。けれどもその原因は何だったのかということに関して事後処理をどうしたかってことになると、やはり本当の原因を隠し去ってしまうという国家的な犯罪が今わたしは行われていると思います。で、なぜそうなのかっていうことをですね、しかし論証しようと思ってもこれは私どもはですね、データがないわけです。それで公に公開されているデータに基づいて推論していくとこうなるんじゃないか、ということでもって事故の1年後の1周年集会(「9・30東海村臨界事故実行委員会」主催)の時に劇をやりましたね。劇をやったときに私はこれは動燃のせいで事故が起きたんだということで劇を作ってみんなでやったんですけれども、やっぱり基本的にそういうことだと思うんですが、なぜそう思うのかっていうのはこれからそれをお話ししたいところですけれども、そのー、勘違いしないでいただきたいんですけど、これはですね、私が日鉄溶接工業という会社でもって長いあいだ労働安全衛生に組合の役員として携わっておりました。
その時にはですね、私は当事者に−作業者にも、それからそれを担当する管理職にも−事情はどうだったかっていうのを公式にも非公式にも聞いたりする。それから再現実験をして本当にそうなるのかどうかっていうのを確かめるっていうこともする。ただしこの臨界事故に関しては私はその立場にないですね。ですから全てですね、見てきたことのようにしゃべりますけれども本当は違います。思考実験に基づいた私の推論の結論を申すわけでありまして、それが正しいかどうかと思うのは皆さん方の判断によると思うんです。ただ残念だと思うのはこれを取り上げるマスコミっていうのは皆無に等しいし、名だたる評論家の方がたもですね、ほとんど取り上げませんね。それは非常に残念なことであります。
●4つの仮説「1勝2敗1引き分け」● [↑目次へ] あ、あらかじめ申し上げますと、2年前にその時に私、4つの仮説を立てました。
この事故は「混合均一化」っていう動燃の注文によって起きたんだけれども、「混合均一化」っていうのは「クロスブレンディング」っていう方法と、それから「貯塔による方法」−これがいわゆるマスコミで騒がれた「裏マニュアル」ですね−、その「両方とも均一化できなかったんじゃないか」っていう仮説を立てました。
それから作業者がそのやったんじゃなくて「動燃の指示によってやったんじゃないか」、また、「横川さんは竹村さんに『承認を求めた』のではなく『相談した』のだ」という仮説を立てました。こっちは裁判の経過でもって否定されました。
今、4つの仮説のうち表現はちょっと不謹慎ですけども「1勝2敗1引き分け」というような段階ですね。ま、しかし、それは今説明の中でもって具体的に、といってもあんまり時間がないわけでかいつまんでお話しいたします。まずですね、この表を見てください。
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えー、事故の時の会社の組織図は、本社は東京ですけれども東海事業所は越島所長がいました。で、その下に3つ部署がありまして、そのうちの加藤製造部長のところにですね、この製造部全体があったわけです。で、これはですね、二つのラインに分かれましてこの「製造グループ」、その下に渡辺職場長というのがいました。この製造グループ長というのは加藤製造部長が兼ねておりました。で、この渡辺職場長の下にですね、A、B、C、D、SCという5つの班がありました。そしてA、B、C、Dは交代勤務をしていまして、これはJCOの本来の業務であります一般の「軽水炉の原子炉用の燃料」ですね、これを取り扱っていました。これがこのJCOっていう会社の本来の業務です。
で、それが'97年の時にものすごい合理化がありまして−現場の人員を半減するね−それで通常行っていた廃液処理などの補助業務っていうのが出来ないなということになったもんですから「スペシャルクルー」=SCという班を作りましてここに全部担当させることにしました。その「スペシャルクルー」の副長が横川副長でありまして、その下に佐藤リーダーっていうのがいまして、そして亡くなった篠原さん、大内さんがいまして、さらにこの班にもう一人いたそうです。
で、これとは別に小川計画グループ長というラインがもうひとつありました。品質管理を担当しておりました。ここに竹村主任というのがおりました。この下にはもう部下はいないんですよ。えーと、事故があってから1年以上経って茨城県警が6名逮捕しましたが、この四角に囲った人たちを逮捕したんですね。越島所長、加藤製造部長、それから渡辺職場長、横川副長、それから小川計画グループ長、竹村主任。こういうふうに逮捕したわけですね。
●「作業者の…」「作業者が…」● [↑目次へ] それでですね、向こう側では現在どういうふうにこの事故を説明してるかって言いますと、事故が起きた当日の午後だったか翌日だったかちょっと記憶が曖昧になり始めてるんですけども、時の科技庁の長官であった有馬さんがテレビに登場しまして、
「バケツでウランを取り扱うとは日本の作業者のなんたるモラルハザードか」
ということを開口一番言いしました。
よってですね、事故は作業者によって起きたんだという世論がいっぺんに流れたわけです。今でもバケツの中でもって臨界が発生したと思ってる日本人は多いわけですね。しかし後から説明しますが沈殿槽というところで発生したわけなんですけれどもね。で、それを受けまして3ヶ月で、たった3ヶ月でもって、科技庁の原子力安全委員会の下に作られました「臨界事故調査委員会」は最終報告書を作り、そこでこう言い換えたわけですね。
「作業者が上司の承認を得ないまま沈殿槽を使ったので事故になった」
こういうふうに言い換えたわけですね。
で、全く同じ路線でもってこの6人を逮捕して起訴した水戸地検の冒頭陳述によれば起訴した理由はですね、こういうふうになります。内容的には同じなんですけれども「班員に言われて横川副長が沈殿槽を使うことにした。それを小川計画グループ長の下にいる竹村主任に相談して、竹村主任が沈殿槽に入れても事故は起きないと軽信し事故になった」
という具合に説明しました。おもしろい言葉を使うもんですけどね、「軽信」という言葉を使いました。
で、それに基づいて昨年まででもって証人尋問は全部終わりまして、今年に入って被告人質問が始まりまして、あともう被告が二人しか残ってないからまもなく最終的にかれらのプログラム通りに全部ことが進められてこの事件は社会的に一件落着だということになりそうで私は非常に心外な状態だと思ってるんですけれども、今年の2月の18日と28日にこの横川副長と竹村主任の被告人質問というのがありました。
冒頭陳述はそういうふうに言ってるわけですからこの二人が「実行行為者」です。あとの人たちは監督責任を問われてるだけ。で、横川副長はですね、「大変申し訳なかった」と。
「自分は全くこれ(臨界管理)については先輩に教えられることがなかったんだけれども、自分で勉強して事故が起こらないようにすべきだった」
というふうに反省してます。
「地域のみなさまにもお詫び申し上げます。篠原さん、大内さんの家族にもお詫び申し上げます」
と、こういうふうに言ったわけです。二人ともそう言ったわけです。
それで私傍聴しててですねえ、横川さんていうのは非常に毅然たる態度でやってるんですね。竹村主任ていうのはですねえ、涙ながらに言うわけですね。それはそれは、迫真の場面でございます。ただし私はですねえ、本当かなあという疑問が半分まだあります。
この、工場の作業者、わたしが付き合ってました労働者というのは会社のためならですね、平気で嘘をつきます。わたしは彼らが嘘をついているとは断言しませんけど、私の知っている工場労働者、つまり私の同僚たちはですねえ、もしこれで会社が倒れるなと思ったらば相手に対してですね、平気で嘘をつくというのは実態としてありました。ただ一応それはこっちに置いときまして。
●「昼休みに立ち話で聞かれた」っていうんですよ● [↑目次へ] ですから通常の常識から言ったら、横川副長は渡辺職場長に「承認」をもし得るんだったらですね(「承認」を得なきゃなんないんですよ。会社のラインというのはこれは軍隊組織と同じですからね。だけどもなぜそれをしなかったかっていう説明はですね、「渡辺職場長は知らないことだから」ということでもって片づけちゃったんですよ、横川さんは)、渡辺職場長は知らないのは事実かもしれないんですけど、知らないんならラインですから「その上の人に聞いてこい」と言うべきなんです、本当は。
で、竹村主任は「自分は品質管理の担当者だ」って言ってます。「生産管理の担当者じゃない」って。だからですねえ、横川さんに「沈殿槽でやる」って言われたときにナンと答えようとカンと答えようと何の責任もないんですよ、立場上は。ね。「昼休みに立ち話で聞かれた」っていうんですよ。立ち話で聞かれてることにね、責任を負う必要なんて何にもないんですけどもこの二人はですねえ、JCOの全社の責任を負って謝っています。
まことに奇妙なことです。そもそも沈殿槽でやろうと「発意した」のは「班員」だと言っているんですが、代名詞を使うのは事実をごまかすときの手法です。松川事件の時も「順次謀議した」とか「他数名と謀議した」とか固有名詞を言わないやり方をしました。
このような疑問は「何を、どのように作ろうとしていたか」という根本に立ち返ってみると、さらにはっきり見えてくるものがあるんです。
●何を、どのように作ろうとしていたか● [↑目次へ] そこで、事故の起きた「転換試験棟」のフローチャートを見て下さい。
で、動燃、核燃サイクル機構からですね、不純物の入っている八酸化三ウラン−「イエローケーキ」とか言っているらしいんですけれども−これが搬入されます。不純物を含んでるんです。それを不純物のない状態にするっていうプラントなんです。精製する装置なんです。
われわれはですね、原子物理学を知らなくてもこれは理解できます。高校レベルの化学の知識があれば。砂糖水とか食塩水を不純物があったらばどうやってそれを純水にするかっていう問題と同じだと考えてください。
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原子力安全委員会・ウラン加工工場臨界事故調査委員会「ウラン加工工場臨界事故調査委員会報告」(1999/12/24)より で、これをですね、「溶解塔」っていうところで硝酸に溶かしまして、そこで溶けないのを抽出と逆抽出とでもって除きます。そうしてそれを「貯塔」というところに貯めておきます。
で、今度は「沈殿槽」というところでもってアンモニアを入れて中和して、この純粋のウランの部分だけを沈殿させてそれを取り出しまして、そうすると重ウラン酸アンモニウムというんですけど、それに熱を加えると八酸化三ウランというのになります。で、八酸化三ウランにさらに熱を加えると二酸化ウランというのになりまして、本当はその二酸化ウランを動燃に納入しますと動燃の方ではそれをプルトニウムと混合しまして原子炉「常陽」の燃料にしていたわけです。
この原子炉「常陽」というのは槌田敦さんの話によりますと世界一優秀な炉だそうですね。えーと、高速増殖炉。どういう意味で優秀かと言いますと「世界一純度の高いプルトニウムを作ることが出来る」ということです。今はブランケットを外してるから作れないんですけどね。
●粉末を作る装置なんですけれども「溶液でくれ」● [↑目次へ] 一応そういうことなんですけれども、'80年代の中頃からですね、これは粉末を作る装置なんですけれども「液体でもくれ」と言ってきた。
このプラントはですね、「不純物を取り除くプラント」なんです。このプラントの一つひとつのところにどんどん不純物が溜まると理想的な状態なんです。
ところが今度は「溶液でくれ」っていうことになった。溶液も同じように「硝酸ウラニルっていう形態でくれ」っていうことで一見すると同じですね、硝酸ウラニルだから。だけれどもですね、「純粋な硝酸ウラニルをくれ」って言ったわけです。この中に入れちゃうとですね、汚れちゃうんです。せっかくきれいにしたのが。だから長谷さんという11月に出てきた証人がこう言いました。「これは使えないんだ」と。「溶かして「溶解塔」に入れると不純物だらけになっちゃうからきれいにしようと思うと3日かかる」って言いました。不純物を取り除こうと思ってるからこの中に網が入ってるんですよ。だからそれ、きれいにならないわけです。それでも使おうとするとですね、結局3倍入れるとようやく取り出して1の状態が出来るというような有り様になってしまって、だから利用の仕方が一見同じようでいても全く逆だったから使えない。
よく「バケツ」「バケツ」って言われましたね。バケツでやればですね、これは歩留まり100%になる。とってもきれいです。おまけに安全なんです。なぜかって言いますとバケツっていうのはたくさん入りませんから。
そういうわけで、そういうプラントだったということをまず頭に置いていていただきたいと思います。
●どういう注文だったか● [↑目次へ] それでその次に問題は「どういう注文だったか」ということなんです。それで皆さんこの図を見てください。実はですね、動燃はこういう注文をしたわけです。
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あ、その前に前提条件としてこういうふうに考えてください。濃縮度18.8%のウランだったんですけど、つまりウランの中に核分裂する「ウラン235」が18.8%入ってるウランですね。それを取り扱うときには一ヶ所に集めると臨界になりますから、それは分かってますから分散配置しなきゃなんないわけですね。その時に4リットルずつまとめて分散配置しましょうということにしたんです。これは約1.5kgウランに相当します。
で、そういうふうに分散配置するんだけれども、それで一つひとつをですね−彼ら「ミルク缶」て通称してたそうですね−、それで最低40cmずつ離しておくと臨界にならない。これで4リットル×10ですから40リットルですね。だけれどもこの40リットル分のひとつひとつについて「濃度が均一であってほしい」という注文だったわけです。1リットル370gウラン、37%の濃度ですね。ものすごい濃度ですけど−塩は35%くらいで飽和状態ですか。ものすごい高い濃度なんですけど−とにかくそのレベルでもって10缶全部濃度の違いがないようにしてもらいたいと、こういう注文だったと。
●長谷証人は「均一にならなかった」と● [↑目次へ] それでですね、これをどうやってやるかっていうことでもって長谷証人はこう言ってました。このプラントが置いてある仮焼室っていう前にずーっとビニールを敷きまして、この缶を−彼は30cm間隔って言ってましたね−ずーっと並べたそうです。そして出来ました硝酸ウラニル、これは一本一本やっぱり置いとくんですが、一本一本は濃度が違います。
それでまず1本持ってきて、500ミリリットルメスシリンダーでもって100ミリリットル汲み上げましてこの一個に入れるわけです。その次の100ミリリットルは2番目に入れるわけです。その次は3番目に入れるわけです。こういうふうに順々に入れていく。そうして1本終わったら次の1本。という具合にずーっとやっていきまして10本やりますと全部この中に一応収まりまして理論的には均一になりますね。だけれども長谷証人は「均一にならなかった」と。で、これは私も実は1周年集会の時の報告でもってちょっと申し上げたことですけれども、一滴こぼれたらですね、これ大変なんです。私も仕事柄500ミリデシリットルのを使っていますんでね、試してみました。水1滴はですね、0.13gぐらいです。これがウランが入りますと重くなります。3滴で0.5gを超えます。
ところで報告書は「37%プラスマイナスいくつの範囲でもって注文しましたよ」っていうところを隠しちゃったんです。もう、科技庁の報告書も地検の報告書もどこの報告書も全部隠しちゃったんです。ですから結局、事と次第によってはどれだけの均一状態にしてくれっていうことを隠したのが表に出ると、もともと出来ないことを注文してた可能性があるんですね。動燃の方は出来ると勘違いしてもともとは動燃でやってて、どうもうまくないからってJCOに持ってきたんじゃないでしょうか。それでですね、「これでは出来ない」って言いました。長谷証人は。で、会社もこれで出来ないもんですから、この図のこの真ん中に「貯塔」ってのがありますが、この「貯塔」っていうのは直径17cmで臨界形状制限かけてるんですね。これで高さが3.5mあるんです。これのうちの1本の方を利用して上と下をパイプで繋いでこの中に窒素を吹き込みましてグルグルグルグル回して均一化するということにしました。これが新聞で言われた「裏マニュアル」です。
そうしたらですね、長谷さんは「これでうまくいった」と言ったんですけれども、地検の報告書も最終報告書もJCOが中曽根長官に報告した報告書も「うまくいかなかった」って言ってるんです。「200分も均一化するのにかかって、しかも取り出し口が下すぎてこれは具合が悪かった」って言ってるわけですよ。それで事故直後の小川計画部長の朝日新聞に対する記者会見でも、それがあったから沈殿槽を使ったんじゃないかなっていうようなことを匂わせるような報告もしてるんですよ。
だから私はですね、「混合均一化」しようとしても出来なかったので、あと残ってる方法はこれしかないんですよ。この「沈殿槽」でやる、事故の起きたね。ただ「沈殿槽」はこれは形状制限がかかっていなかった。だもんだからウランを16.4kgですか、そこまで入れたときに臨界事故になってしまった。
●物作りっていうのは建て前では出来ませんから● [↑目次へ] だから全ての労働災害の事故はそうなんですけれども、「それは何で起きたのか?」っていうことを物作りの中から考えていくと−物作りっていうのは建て前では出来ませんから−、そうするとその事故の原因が本当は分かってくるわけです。だけども水戸地検の冒頭陳述もそれから科技庁の報告書もですね、この「混合均一化」に関しては誰でも簡単に出来るかのようにサラリと書いていて全くそれについては避けて通っていると。触れてないわけです。まして後から「出来ない」なんていうことになるなどということが出てくるとは思ってなかったでしょうね。
ですから、これが出来ない以上そういうふうに推察、推測する方が自然じゃないかと私は思うわけです。で、それをですね、この裁判の中でもってやれば大したもんですけど、あの裁判長がどうやら一番悪い裁判長だっていう噂があります。いままでも3人も死刑囚を出したっていうような裁判長なので、とてもじゃないけれども今の地検の筋書き通りに行くでしょう。
そうするとですね、この事故の真の原因は闇に葬られてしまいます。そうすると調子に乗ってですね、動燃はもっともっとやります。いま山崎さんの報告は発電所の方の話でしたけれどもこれは「高速増殖炉」の問題でありますから、これは日本のもう一つの大きな柱の部分でもってなんとしても隠し通してしまえっていう権力側の意図がうかがわれるわけであって、プルトニウムを守ろうとしてる意思の表れじゃないかと私は思っております。ちょっと、大変はしょってしまって申し訳ないんですけれども。
あ、それでですね、わたし「社会評論」のところに書きましたのはですね、ちょっと数字が違っております。これは2.4Kgって書いてあるんですけれども、この1缶は1.5kgです。あの、2.4kgっていう1バッチの値に対する硝酸ウラニルの溶液は6.5リットルに相当しますけど、ちょっとわたしまだ、次の「技術と人間」の方を書きながらずーっと考えていて、気がついたもんですから、ちょっとそこのところは数字が間違っておりましたんで訂正します。
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