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東京電力の点検記録偽造に抗議する
繰り返される偽造、ねつ造は原発の真の姿を明らかにする


たんぽぽ舎声明 2002年9月3日


  東京電力は1987年の福島第一原発2号機シュラウド損傷発見以降、自主検査で発見された炉心構造物などの損傷を、検査記録を偽造するなどして隠していたことが明らかになった。
  少なくても13基29箇所の損傷が隠されてきたとされているが、私たちはこれが全てであるとは信じていない。
  GE社の技術者による告発が、2000年7月に原子力安全・保安院に送られてからも2年あまりにわたり、事実は公表されてこなかったことは、事故隠しが電力のみならず国も一体となったものであったと言わざるを得ない。
  1987年とは、チェルノブイリ原発事故の翌年にあたり、日本国内でも原発の安全性について強い懸念が広まっていた時期でもある。
  89年1月には福島第二原発3号機で再循環ポンプが破壊される事故が発生した。このときも事故の全貌が明らかにされるまで3ヶ月以上もかかっている。91年2月には美浜原発で蒸気発生器細管の破断によりECCS作動事故が起きたが、福島第一原発2号機でもECCS作動事故が既に81年5月に発生していたことも明るみに出た。
  95年には阪神・淡路大震災が発生し、原発震災が恐れられるようになった。99年に東海村で起きた臨界事故では、動燃による燃料製造委託そのものが臨界事故を引きおこしかねないものであったのに、それを見抜けず事故に至った。日本の原子力技術は最悪の事故を起こすような程度の水準であることが露呈された。いまもそれは原発関連技術の随所こ潜在しており、牙をむく瞬問を狙っているのである。
  原発の設備利用率が低下し、安全性に疑問が高まっていた時期に事故隠しを行い、その後も隠し続けてきた理由は、原発の安全神話を振りまき、新増設や核燃料再処理施設など核燃料サイクル施設の建設を強行し、プルサーマル計画を進めるためであることは明白である。
  そこまでして進めようとしていたプルサーマル計画は、しかし2001年に刈羽村住民投票により明白なノーの民意が確定し、福島県も佐藤知事がプルサーマル計画導入拒否を打ち出したことで、とん挫した。
 その後も国と一体となり東電によるプルサーマル計画押しつけ攻撃が福島、新潟両県にかけられ、柏崎刈羽原発3号拠で導入に向けた動きが急になりつつあった8月29日、今回の事故隠しが明るみに出た。
  この経過を見れば、原発推進、プルサーマル計画推進は、ウソとでたらめによってしかなし得ないことは明白である。東電にはもはや安全を語る資格はない。
  市民を騙して押しつけようとしたプルサーマル計画は頓挫したが、原発の安全性については、依然として強い懸念を持ったまま、原発の運転が続けられていることに私たちは厳重に抗議する。
  東電は南社長など首脳陣の退陣によって、事件の責任を取るつもりであるようだが、それで責任を取ったことにはならない。
  私たちは以下のように要請する。



1. 17基の原発全ての運転を停止すること。安全性が確保されたとしても、運転再開には地元住民と首都圏の消費者の合意を得ること。

2. 事故調査は利害関係者を入れない、能力のある第三者により行われるべきこと。(航空機事故調査のように)日本国内にノウハウがなければ国際協力を求めること。

3. 原発の定期検査の短縮や簡略化など検査制度の抜本改悪に反対する。

4. プルサーマル計画の白紙撒回と使用済燃料の再処理、使用済燃料の中間貯蔵施設建設を中止し、核燃料サイクル計画の全面的見直しを行うこと。

5. 原発関連のPR活動を全面的に中止すること。

6. 新潟、福島両県並びに首都圏において、公開討論会を開くこと。



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